※大宮BL小説です。

以前掲載した「My Hero」のその後の二人。

前回は智くん視点でクリームソーダを題材に書いたので、今回はにのちゃん視点、冬バージョンです。

前回同様、2話完結。

二人は同棲中です。

にのちゃん、今年一年も映画やドラマ、YouTubeに独立等、本当にお疲れ様でした……という感謝と労いを込めて書きました。

 

 

 

 

ポタージュを最後の一滴まで大切に飲み干し、カップをテーブルに戻した。

 

とろりと流れ落ちたかぼちゃの甘みが、冷えて縮こまった胃袋をじんわりと温めてくれる。

 

大野さんのポタージュは単なる料理の域にとどまらない何かだ、と飲むたびに思う。

 

目には見えない、途方もなく清らかで豊かなものが、たまたまポタージュの形を取っているのだ──そんな気がする。

 

 

「自己管理ができていなくて、情けない……」

 

 

俺は肩を落として項垂れた。

 

昨日作った餃子は下ごしらえも焼き加減も完璧だったはずだ。

 

大野さんもビールが進むな、と美味しそうに食べてくれた。

 

それなのに得意料理であるはずの焼き餃子を美味しそうに思えなかったなんて、その時点で自分で気づいて対処すべきなのに、またやってしまった。

 

 

「そう落ち込むな。倒れる前でよかった」

 

「それだって、大野さんのおかげだよ」

 

 

いつもいつも、見るに見かねた大野さんが待ったをかけてくれるまで突っ走ってしまう。

 

自分の面倒も見られないなんて社会人としてどうなんだ。

 

そろそろ大野さんにも愛想を尽かされるかもしれない。

 

考えれば考えるほど果てしなく気分が落ち込んでいく。

 

 

「体調が悪いときは思考回路もネガティブになるんだ。余計なことは考えないほうがいい。俺はいつだってニノの味方だし、愛想を尽かすわけないだろう」

 

 

俺の頭の中を見透かしたように、大野さんは苦笑して俺を宥めた。

 

 

「うん……ありがとう。とにかく、早く体調整えるよ」

 

 

必要なことは分かっている。

 

栄養のある食事と十分な睡眠。

 

少しでも早く調子を戻さなければ。

 

 

「ニノが働く姿はかっこいいよ。手抜きをせず努力を惜しまず、監督や共演者、たくさんのスタッフ、スポンサーに至るまで、テレビ画面やスクリーンの向こうにいるファンを第一に考えているから、つい頑張りすぎてしまうんだろう。ニノのそういうところを俺は尊敬しているし、心から愛おしく思う」

 

「あ、ありがとう」

 

 

急に改まって言われてどきまぎした。

 

大野さんはこういうことを、照れもためらいもせず堂々と口にするのだ。

 

 

「俺も……大野さんを尊敬しているし、いっ、愛お、しく思ってる」

 

 

肝心なところで噛んでしまった。

 

大野さんのようにはいかない。

 

活舌の差というより人間力の差だと思う。

 

ぼぼぼと発火したように赤くなる耳を押さえつつ大野さんの様子を窺うと、形よく盛り上がった頬骨のふち、目の下あたりがほんのり赤らんでいた。

 

 

──照れるんだもんなあ、ここで!

 

 

恥ずかしさと愛おしさで爆発四散しそうだ。

 

下唇を噛みしめて耐える俺の前で大野さんはふ、と息を吐くように笑った。

 

かと思えば腕組をし、きりりと姿勢を正した。

 

早くも気分を切り替えたらしい。

 

 

「とにかく俺がきちんと見張っているから、ニノは安心して、ニノの思うように過ごしたらいい」

 

「……でもそれだと、大野さんに迷惑かけちゃうよ」

 

「迷惑なものか。ニノを観察するのは俺の趣味のひとつだからな」

 

 

観察されていたのか。

 

そして趣味だったのか。

 

 

「こうして甘やかすのも」

 

 

大野さんは拳ひとつぶん距離を詰め、俺の背中に手を回してきた。

 

大きな手のひらが背中を撫でていく。

 

こういうときの大野さんの手つきは、そういうときのそれとは全然違う。

 

確かに触られているのに、触れられているという感じがしない。

 

違和感がまったくなくて──ちなみに「そういうとき」の大野さんは、微かな違和感で俺を煽るのがとても上手いのだが──例えるなら、とろとろのぬるま湯に体を浸しているような感じだ。

 

手のひらの温度がじわりと沁み込んで、驚くほど深く息ができる。

 

 

「だいたいニノこそ、普段から俺を細やかに気遣ってくれているだろう」

 

「えっ、そうかな?」

 

「ニノの場合、俺よりずっと気づくのが早いんだ。俺の疲れが溜まる前に上手に取り除いてくれる。魔法使いみたいだといつも思う」

 

 

そんなこと、ちっとも意識していなかった。

 

俺はただ、大野さんと一緒に暮らす毎日が嬉しくて、大野さんにしてあげたいと思うことをしているだけだ。

 

 

「それに比べたら俺はまだまだだ。精進しないとな」

 

 

話しているあいだも、大野さんは俺の背中や腰を撫で続けている。

 

腕が疲れてしまわないか心配だ。

 

もう大丈夫と言うべきなのに、やめてほしくないと思うから困る。

 

この人の隣にいるために、早く大人になりたいと切実に願ったこともあった。

 

それなのに今この人の隣で、俺はときどき小さな子どもみたいな気持ちになってしまう。

 

 

「……こんなふうに疲れ果てることがなくなっても、かぼちゃのポタージュ、たまに作ってくれる?」

 

 

甘え切った台詞までついて出る。

 

大野さんは一瞬目を丸くして、それから少年のような笑顔になった。

 

 

「もちろん。年を取って手が動かなくなるまで、何度でも作るぞ」

 

 

何がそんなに嬉しいのか、声がぴかぴかと明るかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

温かな腕に抱かれ、無邪気な約束めいた言葉を思い出しながら眠りにつくと、途方もなく贅沢で幸福な夢を見た。

 

どんな夢だったかは残念ながら少しも覚えていないのだけれど、体の芯に凝っていた疲れがとろとろに溶け出していくのが感じられた。

 

頭のてっぺんからつま先までぬくもって、体も心も柔らかく滑らかになる。

 

鍋の中で優しくかき混ぜられるポタージュの気分で、俺は心ゆくまで夢の中を泳いだ。

 

健やか心身のために必要なのは栄養のある食事と十分な睡眠。

 

それから大野さん。

 

自分のことには鈍感な俺も、それだけはちゃんと分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

年内はこちらが最後の作品になると思います。

一足早いですが、Merry Christmas!

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