・大宮妄想小説です
・別アカウントで四話ほど連載してストップしていた作品とタイトルは同じですが、内容は違います。(同じところもあります)
・あとで修正しやすいよう、通常よりも短く区切って連載していきます
「先生、あなたが好きです」
桜が乱れ散る春の日、出会ったばかりの少年は、迷いのない声でそう言った。
◇
コンコン、と硬質な音が響く。
いつもなら廊下側のドアから聞こえてくるはずのノック音は、部屋の反対側、正門前の駐車場へと続く掃き出し窓から聞こえてきた。
書き物をしていた手を止めてため息を漏らす。
ペンを白衣の胸ポケットに差し込み立ち上がった。
掃き出し窓の向こうには、こちらに背を向けて座り込む学生服姿の人影がある。
がらりと音を立てて窓を開けると、その人影は座ったまま二宮和也を見上げてきた。
黒髪が陽の光を浴びてワントーン明るく輝く。
まだ僅かに幼い丸みを帯びたその頬に、痛々しい痣ができていた。
思わず眉根を寄せる。
「大野くん、またなのか」
その少年──大野智は、音もなく立ち上がった。
目線の高さは和也のほうが上だが、紺桔梗色の瞳は、真顔だと子どもらしからぬ威圧感を与えてくる。
「二宮先生、忙しいところすみません。手当をお願いできますか」
「相変わらず、授業をサボっているとは思えない堂々っぷりだな。入りなさい」
大野が靴を脱いで上がってくるのを横目で確認し、和也は冷蔵庫から保冷剤を取り出した。
「顔以外に傷は?」
頬に当てるよう身振りで指示し、保冷剤を渡す。
和也の問いかけに、少し考えるような間があった。
身体の痛む場所を探っているのだろう。
「背中を少し擦りました」
「脱いで」
目を合わせず、できるだけ端的に指示する。
大野は素直に学ランとシャツを脱いだ。
上半身が露わになる。
見るのは初めてではないが、まだ少年らしい線の細さはあるものの、無駄なく筋肉がついたしなやかな肉体はつい見惚れてしまう。
相手は一回り近くも年下の子どもだというのに。
気を取り直して傷の様子を確認する。
右の肩甲骨から腰にかけての皮膚が広範囲に渡り赤くなり、僅かだが出血もしていた。
服の下だから直接地面に触れてはいないだろうが、念のためボトルに入れた水道水で軽く流してやり、ワセリンを塗る。
ガーゼで保護した上から包帯を巻きつける。
背中側から胸側に包帯を回そうとしたとき和也の手が、一瞬だけ大野の肌に触れた。
大野の体がびくりと揺れる。
「ごめん」
「いえ……包帯は大袈裟じゃないですか」
「毎回律儀に保健室に来てくれるんだ、これくらいサービスしてもいいだろう?」
和也は嫌味たっぷりに言い放った。
大野が服を着るのを待って、声のトーンを下げて切り出す。
「今度は誰と喧嘩したんだ?」
「よくは知りません。他校の三年生です」
「相手は何人」
「六人いました」
増えている。
この前は四人だった。
そのときは、喧嘩するのは良くないからやめなさいと、まるで小学生に言うような台詞を和也は口にしたのだった。
全く悪びれる様子のない目の前の少年に、何をどう言い聞かせたら良いものか──和也はため息をついた。
「あのね、大野くん」
「はい」
「きみが本当にこういうことを望んでやっているなら、俺は何も言わないよ。だけど意味もなく人を傷つけるのは良くないと思うし、きみは本来、こういうことをする子じゃないだろう?」
和也が養護教諭として勤務する高校に大野が入学してから二ヶ月になる。
その僅か二ヶ月の間に、大野はすっかり有名な問題児となっていた。
同じクラスの松本潤と二人、校内外を問わず頻繁に派手な喧嘩を繰り返し、軽症から重症まで多種多様な怪我を負ったり、負わせたりしている。
今日のように授業をサボタージュすることもしばしばだ。
しかしその実態は、松本がどこからともなく買ってくる喧嘩に、松本と仲の良い大野が加勢している、というものだった。
続く
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