山口バイオリン、ビオラ教室 相模大野

山口バイオリン、ビオラ教室 相模大野

相模大野南出口徒歩一分。一人一人の個性を重視してレッスン致します。






あけましておめでとうございます。


寒い年明けとなりましたね。


個人的には昨年12月に、久しぶりに大学時代の門下の発表会に出演しました。

また、その2日前に、コンクールの審査もさせていただいたので、そのあたりについて色々と思いを巡らせました。




個人的に、昨年は幸運なことに、何度かソロの機会をいただきましたが、今回は門下の発表会での出演。


何が違うかというと


緊張感が独特


ということです‥


やはり比較対象がある、というのはそれだけで緊張しますね‥


ただ、切磋琢磨、というか、自分自身見えていなかったものが見えたり、自分の新たな可能性や弱点が見えたり、というのは、やはり一人での舞台ではなかなかできないことです。



というわけで、2日前に審査させていただいた日本クラシック音楽コンクールヴィオラ部門全国大会とも、色々と思いがリンク致しました。


審査させていただいたコンクールですが、全国大会ということもあり、さすがにレベルが高い。

そして、コンクールだからこそ見えてくる一人一人の個性というものもあるのだな、と感じました。



仲間やライバルと切磋琢磨する、とはまさにこのことですね。


そして、やはり最終的には舞台に立つことは自分自身との対峙、ということを肝に銘じて、これからも精進していきたいと思いました。



今日は、見て学ぶ、ということを考えていきたいと思います。


楽器を上達するために、まず考えることは、練習すること、でしょうか。


ただ、練習する前に、自分の理想とする音楽や弾き方が頭にインプットされていれば、練習が効果的になるでしょう。



どうすれば弾き方をインプットできるか、ですが、やはり上手い人の動画を見たり、実際に上手い人の演奏を見たりすることだと思います。

それも大量に。


「上手い人」というのはたくさん存在してまして、もちろん受けてきた教育(スクール)や時代も違うわけで、一見すると全然違う弾き方をしているように見えます。


ただ、たくさん見ていると、徐々に上手い人に共通する動きが見えてくると思います。


これは、やはり重力に逆らわず、人体の元来持つ動きに逆らわず演奏する、ということなのでしょうかね。



この、上手い人に共通する動き、を見極められることができたならば、鏡の前で、自分自身をレッスンすることができる、というわけです。


ただ本当に見る量が必要にはなると思います。


私自身、おぼろげながらこの上手い人共通の動きが見えてきたのは、意識して上手い人の動きを見始めてから10年以上かかりました。


根気はいると思いますが、ぜひ「見て学ぶ」ことも取り入れるとおもしろいと思います。

こんばんは。


今日は、楽器を弾く際の立ち方などについて考えてみたいと思います。


一人一人先天的な条件が違うわけですが、共通することとして、

重心を低くする

ということが挙げられると思います。

抽象的な感覚で恐縮ですが、お腹(丹田)を意識する、と良いのではないでしょうか。


やはり、心臓のあたりを意識すると、安定せず、肩も上がってしまい、力みの原因にもなり、あまり良くないように思います。


では、どうすれば丹田を意識できるのか、ですが、息を大きく吸って吐いてみてください。

息を吐き切った際、重心が下がっていると思います。


この際の感覚が、おそらく丹田を意識できている感覚だと思います。


そして、この状態を、息を吸っても持続させる。


このようにすることで、重心を低くし、力みなく安定した演奏ができるのでは、と思います。


もちろん座り方とも共通するものだと思います。


ぜひ試してみていただければ嬉しいです!

先日チューバの角田さんと、相模大野グリーンホールにてジョイントリサイタルを致しました。


何故チューバとの共演になったか、と申しますと、私自身今年度より相模原音楽家連盟に加入させていただくことになったのですが、同時に加入致しましたのがチューバの角田さんでして、連盟主催で一緒にジョイントコンサートをさせていただく運びになりました。


最初のリハーサルは、正直申し上げまして、チューバの存在感に圧倒されましたね。笑

とにかくでかい。

音も、物理的にも。


ですが、合わせをしていくうちに音の感触など共通点も見つかり、チューバの角田さんも配慮してくださったとは思いますが、最終的にはアンサンブルとして何とか成り立つようにはなったかな、と思います。


これはちょっと不思議な感覚でした。


また、フレージングの造り方なども、息で吹く楽器と共演することでかなり勉強になりました。


いろいろな楽器と共演をチャレンジしてみるのも世界が広がるな、と思った次第です。



貴重な機会をいただきありがとうございました!





先日、音楽鑑賞教室のお仕事で、長野県千曲市に行って参りました。

私が所属してます東京室内管弦楽団の弦楽器セクションで、各小学校に行って演奏会をする、というお仕事です。

長野の5月は本当にきれい。新緑の時期で景色を堪能しました。

また、遠くに雪をかぶった白馬連峰や北アルプスが見え、テンションが上がりました。

かなりの学校数を回りましたが、演奏を通じて生徒さんとなんとなくですが通じるものがあったかな、と感じられた時は本当に嬉しいですね。




















2023年も、末になって参りました。


年末のクラシック界隈といえば、まず、ベートーヴェン第九ですが、メサイアも年末に頻繁に演奏されます。理由はわかりませんが。


私も今年はなんと3本!メサイアを演奏する機会をいただきました!

一本目はこちら!



・チケットぴあ

http://ticket.pia.jp/pia/even

https://majoracanamus.com/



ヘンデルが作曲したメサイアをモーツァルトが編曲した、という版を、オリジナル楽器(モーツァルトの時代に使われていたであろう楽器)で演奏します。


これは、モーツァルトの作品だろう!というところもあり、大変おもしろいのでぜひ聴いていただきたいです。



2つ目は


12月2日に青山学院相模原キャンパス


まだ詳細はわからないようです。



3つ目は


こちら!

 

目黒、サレジオ教会での演奏になります。


ぜひ、歴史ある教会の中で、メサイアを聴いていただければ嬉しいです。



そろそろ年末になって参りましたが、年内、本番を頑張っていきたいと思います。


寒くなりますので風邪などにお気をつけて…


大分ご無沙汰してしまいました。


世の中が大分、落ち着きを取り戻した感がありますが、ようやく、私も合唱団との共演のお仕事が戻ってきました。


個人的には今年の春先からゴールデンウィークにかけて、ありがたい事に、ヨハネ受難曲、マタイ受難曲という、バッハの傑作を演奏する機会をいただいております。


バッハといいますと、バイオリンを勉強している人は、スズキメソッドの教本、また無伴奏バイオリン曲など避けては通れない作曲家ですね。といいますか、ほぼすべてのクラシックを勉強している人が避けては通れない作曲家です。


では、バッハは本職はなにをしていたのかと申しますと、長年、ライプツィヒのトーマス カントールという、教会の礼拝の音楽を取り仕切る役職についていました。


バッハの音楽の中で、個人的には、やはり教会で演奏される音楽のウェイトが最も大きいのかな、と思います。

またそのような音楽には、聖書を元にしたテキストに合わせてバッハが曲を書いたのですが、この言葉にこの音楽を当てたのか!!など、テキストをみながら曲を聴く事で、バッハの思考や天才性を感じる事ができると思います。


その中で、教会の受難節に合わせて作曲されたのが、受難曲というわけです。


バッハの作曲した受難曲は、ヨハネによる福音書をテキストに用いたものとマタイによる福音書をテキストに用いたものが現存しております。


ルカとマルコによるものも作曲された可能性は高いのですが、現在は消失してしまいました。


私自身、先日、ヨハネ受難曲の本番を先日3月18日に終える事ができました。

こちらはオリジナル楽器(現代使われているものとは少し異なるバッハの作曲した当時使われていたであろう楽器)を用いてのもので、非常に良い演奏会となりました。個人的には、当時のイエス・キリストのいたエルサレムへバッハが抱いていた憧憬のようなものが感じられました。


マタイ受難曲は5月6日にミューザ川崎で演奏致します。


実は個人的にはマタイ受難曲ははじめてなのですが、どのような世界が広がるのか、非常に楽しみです。

是非お越しくだされば幸いです。





また久しぶりの更新になってしまいました。


世の中も少し落ち着きを取り戻したかと思いますがいかがお過ごしでしょうか。

私は、今シーズン、初めてコンクールの審査員をさせていただきました。


2回ほど審査させていただいたのですが今日はそこで感じた事を記していきたいと思います。


やはりよくいわれていますようにコンクールというのは微妙な審査員の趣味など、色々な要因に左右される事があり、一つの目安として考えていくべきだな、とは審査していても感じました。審査員もやはりかなり迷って点数をつける局面はあるので…



ただ、概ねどの出演者にも指摘できることが



ステージに出て(お客さんに姿が見えてから)楽器を弾くまでがかなり大事!!!



だということです。


たとえばはじめて食べるお菓子を考えてみましょう。


パッケージを見た段階で中のお菓子がどんな味かを想像するかと思います。


やはりコンクールも似たようなことが言えると思います。


舞台に、はじめてこれから聴く人が現れてから実際に弾きだすまで、どんな音をだすのだろう、と興味をもってみると思います。



その印象、先入観というものはどうしても聴いている際にも影響してしまいます。



つまり同じお菓子でもセンスの良いパッケージに入っていればおいしく感じられるし、センスの良くないパッケージに入っていればおいしくなく感じられることと同じです。


つまり、この人は素晴らしい演奏をしそうだ、とステージに出てから楽器を実際に弾くまでにお客さん、審査員に思わせることができる振る舞いをできるか、ということだと思います。



では、舞台上でどう振る舞えば良いか、あまり意識し過ぎてもよくないと思います。このあたりが難しいところですが、


今から弾く音楽を頭のなかでなんとなく鳴らしながら登場する


のが良いのかなと思います。また



お客様に見られている



という意識をもつ事も重要だと思います。


世界的指揮者であられた故朝比奈隆先生が、お客様からいただく出演料はステージにあがる瞬間から含まれている、というような事をテレビでおっしゃっていた事を記憶しております。


今回は私自身への戒めも含めて記させていただきました。



少し意識するだけでかなり効果があがると思いますのでぜひ試してみてください。



私も舞台上での振る舞いは試行錯誤していきたいと思います。




 

そして重要な事ですが大学時代に楽器を弾く仕事を開始しました。



大学一年の5月最後の土日に、人生で初めて働いてお金をいただく経験をしたのですがなんと映像に記録されているのです!


神童という映画の当てぶり(弾いている姿を撮ること。音は現場では出していても実際の放送には使われない)でした。間違いなく私の人生を振り返る時に大きな出来事の一つでしょう。




とはいえ、卒業後どうするか、ですね。やはりごく稀な例を除いて、一般就職のように大学四年生の最後の3月には全く収入がなくても、就職して4月には初任給が入る、という世界ではありません。


大学の特に3年、4年からある程度プロとしての活動を開始するか、種をまくことはすべきだとは思います。


具体的にどのように「種をまく」か、ですが、音楽の仕事は基本的に同業者の紹介によることがほとんどです。「仕事を回してもらう」と、言い換えることもできるでしょう。


まずは、業界で仕事をこなしている先輩から「仕事を回してもらう」ことが仕事をはじめる入り口だと思います。もちろん、仕事を持っている先輩に、積極的に仕事をしたいアピールをし、かつ、仕事を回してもらえたら全力で取り組むことは必要です。



そして、この「仕事を回してもらえる」先輩をつくることが、音楽大学に進学する大きなメリット、ともいえます。


また、先程触れた「全力で取り組む」ですが具体的にどのようにするか、と述べますとクラシックの場合ですが


①いただいた仕事の楽曲については、きちんと音源を聴き、分からないところがあればスコアをみて勉強し、リハーサルが始まる段階で一曲通しても問題ない状態に仕上げておく。


②リハーサル開始時刻の1時間前にはリハーサル会場に着いている


③挨拶をきちんとする(リハーサル開始が朝でも夕方でも、おはようございます!!!)


この3点をクリアしておけば、次に繋がる可能性は高いでしょう。




また、オーケストラのオーディションを受験することも、チャンスとなる可能性があります。


現状プロのオーケストラのオーディションは、例えばバイオリン奏者一つの席に50人〜100人の応募があり、非常に狭き門です。


ただ、オーディションで合格できず団員にはなれなかったとしても、ある程度票が入ると(オーディションは団員さんの投票で決まります)コンサート一回毎ではありますが、エキストラ奏者としてのお仕事の依頼がされることが多々あるのです。


そして、エキストラとしてプロオーケストラで継続してお仕事を頼まれるプレイヤーになることができれば(業界用語で常トラ)、幅広く同業者の信用を得ることができ、オーケストラ以外にも色々なお仕事が舞い込み、そうこうしているうちに楽器を弾くお仕事で生活できるようになる、というキャリアが描けます。







また教える仕事も音楽家にとってはとても大切な仕事です。

私にとっての指導者としての最初のキャリアは、日医大&女子栄養大の学生オーケストラ、ハルモニアオーケストラのトレーナーからスタートしました。

先にトレーナーをしていた同級生が紹介してくれたのです。

大学卒業後一年目の事です。

何から何まで初めてで、また私の生徒がはじめてできたことが嬉しくて楽しい思い出です。

まだ指導者としては半人前でしたが…


その後、神楽坂にある教室を先輩に紹介していただき、五年程勤めました。


ここでかなり教えるノウハウを得たと思います。




私は指導の仕事をはじめて10年経ちますがようやくコツといいますか、そのようなものがわかってきました。


上手くなるツボというのが一人一人違うのでそこを探し当て、伸ばしていく、私はそのような指導方針なのですがある程度それができるようになったのはここ最近です。

やはり一人前の指導者になるには長い時間がかかりますね。


そして相模大野に教室を開き、現在に至ります。




もちろん時代はかなり厳しくなっています。昔(大体1995年位まで、あくまで私の感触です)は学生でも演奏する仕事がたくさんもらえてあまりに忙しく授業に出られず大学の卒業単位数が危ぶまれたそうですが(何とか単位をやりくりした武勇伝の一つや二つは先輩方はもっていらっしゃいます!!!)今は学生時代に演奏のお仕事をいただく事はかなり難しくなりましたし、卒業後も、レベルの高い音楽大学を優秀な成績で卒業しても、なかなか厳しいのが現実です。


特にコロナの影響をもろに受けた業界の一つであり、これから音楽をめざす人もかなり減ってしまうと思います。(競争率が減りチャンスともいえますが)

ただ、芸というものは諦めず、丹念に磨いていけば、必ずある程度は光るもので、なによりも個人に身に付くものです。

その個人に身に付いた芸をどのように仕事にするか、かなり色々な可能性があると思います。もちろん演奏の仕事を得るにはどうしても縦の繋がりが必要です。ですがYouTubeなどを利用して自分一人で仕事を作り出していっている知人もあらわれています。組織を介してではなく、芸を通じてお客様と直接繋がることができるというのは音楽家を職業として考えた時の強みだと思います。


ひとまずこのあたりで終わりにします。音楽の世界を志しているかたでキャリアの事、などどうしても詳しく知りたい方がいれば直接メッセージいただければ私にできる範囲内で全力でアドバイスします。


以下メールアドレス


kiimaiiko@gmail.com





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、前回は芸大に入ったあたりまでだったと思いますが、今回は大学時代のことを書いていきたいと思います。

 

普通高校出身の私が音大に入り最初に驚愕した事は、みんな初見がきく!ということでした。

 

初見とは、見たこともきいたこともない曲の譜面を渡され、その場で音にしていく作業です。

 

とはいえ、徐々に慣れていきました。というよりごまかし方がわかるようになったというほうが正確ですが......ただ本当に初見のきくプレイヤーというのもいるのです!

 

また室内楽、オーケストラなどこれもはじめてのことだらけで大変だった思い出があります。(特に前期)

 

そして芸大で過ごした中で最大のメリットでもありデメリットでもあるのが

 

本当に才能のある奴(同級生、先輩、後輩)を目の当たりにした

ことです。

 

私自身、高校までは普通高校で良くも悪くも井の中の蛙で、どこかで自分自身が音楽家としては天才だと思っていましたし、またそう思う時期も必要だったとは思います。実際に芸大に入ってみて、本当にすごい人をみて、いろいろと心乱されるといいますか、自分自身が天才ではないことを冷静に認められるようになったのは卒業して何年もたってからです。

 

ただこのあたりは非常に難しくて、自分自身の可能性を信じてひたむきに毎日毎日ほんの少しでも上手くなるように昼夜問わず考え努力し芸を磨くことは、ステージにたつ、あるいは生徒さんに音楽をきちんと伝えようとするならば絶対にし続けなくてはならないと思います。

不思議なもので、自分で限界をつくり、今まで培ってきた技術でほどほどにやろうか、みたいな姿勢というのはすぐにばれます。

そしてすぐに仕事をなくすと思います。

 

しかし、どこかで自分をマネージャー的な眼でみることも必要でして、ある意味、複眼をもつということは重要だと思います。何が自分には出来るのか、人には出来なくて自分にはできる事は何か?という事を考える事は必要だと思います。

 

気を付けなくてはいけないのはマネージャー的な眼が大きくなりすぎないようにすることだと思います。

そうすると、どうしても媚みたいなものが見えてくるのです。媚ては人様にお見せできる芸はできないと確信しております。


このような事を漠然と考えはじめたのは大学生後半の事で、やはり二十歳くらいの時に限界まで頑張って壁にぶち当たるという事は大事なことだと思いますし、音楽家になるには音大にいった方がよい、という事の大きな理由の一つだと思います。

 

まあそんなこんなで大変なこともありましたが総じて同級生にも恵まれ、楽しい四年間だったと思います。

 

またバッハカンタータクラブというサークルに入り、毎週金曜日、バッハのカンタータを勉強したことは私の血となり肉となっていると最近痛感致します。