先日の『木村正治さんのデイリーコラム』の4月13日記事に共感したので、

その一部分を、引用させて頂こうと思う。 (但し、コラム主がどういう人なのか、私は知らない)

 

思い返せば私が小学生や中学生の頃、
同級生や先輩や後輩の半分くらいは自宅が 個人商店や個人経営でした。
〇〇呉服店、〇〇蒲鉾店、〇〇商店、〇〇刃物店、〇〇旅館、〇〇電気店、〇〇家具店、〇〇工務店、〇〇文房具店、
〇〇鮮魚店、〇〇金具店、〇〇スポーツ店、〇〇パン店、〇〇自動車、〇〇印刷店、〇〇料理屋、〇〇塾、〇〇書店、
〇〇畳店、〇〇酒店、〇〇菓子店、〇〇写真店、〇〇宝石店、〇〇家電店、〇〇鉄工、〇〇製造所、〇〇靴店、
〇〇カバン店、〇〇薬局、〇〇玩具店、〇〇石材店、〇〇仕出し店、〇〇釣具店、〇〇饅頭店、〇〇餅店、〇〇寿司、
〇〇花店・・・・・。だから地方各地で生計が成り立ち、
それ故に 地方や山間地、島しょ部でも子供が沢山いたのです。 (中略)
 
しかし今は、個人商店の多くは壊滅状態で成り立たず、地方は商店街がシャッター通りとなり、
廃墟と化し、多くの方々は勤め人、会社員など雇われの立場になりました。  すると・・・。
職場で上司からワクチンを打つようにと言われると、なかなか断りにくい状態になります。
法的には強制ではなくても、職場の決まりだとかお願いという形で事実上の強制をされ、
逆らえば干されたり不遇の扱いを受けると、どうしても従うようになる人が多いです。
 
上司は上司で、更に上の役員から指示され、
役員は役員で、更に上のオーナーや資本主などから指示されて、動きます。
更にその上は、支配階級になります。
様々な物事に対して、自分というものを出せなくなります。 
意見を持たず従うだけ。目立たぬように可もなく不可もない人生を歩む。
 
そういう時間を何十年も刻んでいくと、完全な没個性の人間になりますね。
だから今の時代は、男性が社会的に言動しなくなりました。 指示に従うだけ、目立たぬように
可もなく不可もなくという生き方が骨の髄まで浸み込んでいるからです。
そうして定年退職に至った時には身も心もボロボロになっていて 人生の晩年になって初めて
自分とは何なのか、自分の人生とは一体何なのか、俺は誰の為に何のために生きて来たのか・・・
と自問自答する状態になる人が少なくありませんね。
全員が全員そうではありませんが、傾向としてそのように 見えますね。
 
個人商店が壊滅した事で地方では、特に田舎では 
役場に就職するか自宅の商売を継承しない限り仕事が無く、結果的に都市圏に仕事
を求めて出ていく流れが加速して地方の過疎化に拍車がかかりました。よく考えれば
個人商店、個人経営が壊滅した事が、没個性化と過疎化を加速させたと見えます。
 
加えて近年では、雇われ、会社員ではなく、派遣や非正規雇用という限定的な立場の方々が激増し、
更に弱い立場に追い込まれています。個人商店ならば「俺はマスクなど強制されない」と拒み、
相手から注文をやめるとされても突っぱねて、他に取引先を探す事は幾らでもありました。
しかし、派遣や非正規雇用の立場で「マスクは強制しないで欲しい」と抵抗したら、
派遣打ち切りや仕事が無くなる事があり、自分の意思は会社員よりも示せなくなっています。(略)
 
総じて日本人が意思表示しなくなり、社会的に言動しない事に拍車がかかりました。 
弱体化が進みました。 これでは日本人が劣化し、日本が廃れます。
 
私が小学生、中学生の頃はまだ同級生の大半の家が個人商店だった事を思い返せば、
そこに答えがあるように思えます。 確かに私が少年の頃は、
まだ地方各地で生活が成り立ち、それ故に地方各地が賑わっていましたね。
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このコラム記事に触発されたので、私も思いつくままに書いてみる。

私は地方都市出身で、今年、前期高齢者となる世代。(*^-^*)

高度経済成長期(1955年~1973年)の頃に子ども時代を経験している。

 

変化は、大きかった。

変化で良かった点は、全般に清潔な生活になった事だと思っている。

小学校1年時には汲み取り式トイレだったけど、2年後に新校舎が建てられて、

水洗式トイレに代わり、それがすごく嬉しかった。(汲み取り式は落ちそうで怖い)

小さな頃にはサラダ(生野菜)が食卓に並ぶなど皆無だったのも、変わって行く。

おそらく、化学肥料が使われだしたからだろう。

 

全然関係ないけど、初めて生クリームのケーキを食べたのは、6歳の時。

13歳年上になる、長兄が買ってきたフルーツで飾られたケーキに心躍った♪

そういえば、お買い物は個人商店が普通だった。

近所にはスーパーマーケットの類も、幼い頃には無かったと思う。

周りの同級生を思い起こしてみて、今より貧富の差が少なかった気がしている。

まさに一億総中流?!   1970年代は日本国民 の大多数が自分を中流階級だと考えていたらしい。

 


ただ、その後、80年途中から、日本は徐々に勢いが無くなっていった。

ここからは、森永卓郎氏の『書いてはいけない』から引用する。

特に、日航機墜落事故が起こった1985年を境に、アメリカの圧力が強くなる

 

・1985年9月 プラザ合意(日航機が墜落したわずか41日後) 

  プラザ合意直前 1ドル=240円 1987年末 1ドル=120円 (2倍の超円高になり、輸出不振となる)

・1986年9月   日米半導体協定 

 日本はの半導体産業は、世界シェアの50%超えから徐々に失速し、93年にはアメリカに逆転された。

・1989年~1990年  5回に及ぶ 日米構造協議

 日本の市場に気に入らない所があると、アメリカは「構造的障壁だから撤廃せよ」と主張した。

 

・1980年代前半までの日本は、外資系企業が殆ど存在しないだった。

 (大手外資系企業は、日本コカ・コーラ日本IBM ぐらい

 それは、日本社会には独特の「2つの仕組み」が有ったからだ。

 ①「株式持ち合い」 取引関係にある企業間で互いの株式を持ち合う仕組み。

    (銀行と融資先企業だったり、財閥系企業ではグループ内企業で株式を持ち合って売らないから、

     他の企業が乗っ取ろうと思っても、乗っ取れなかった)

 「不動産担保金融」銀行は融資先企業が持つ不動産を担保にして融資した。

    (銀行は低リスクで融資が出来た)

 

・しかし、①②を崩壊させる方法が順に行われ、外資系企業が日本で増えて行く

不動産バブルを起こす 

バブル崩壊後の谷を思いきり深くする 

不良債権処理を断行する 

 

 

・2001年 9月25日小泉構造改革」開始米国で起こされた『9.11』が切欠

日米構造協議を発展させる形の年次改革要望書小泉総理ブッシュ大統領の間で誕生。

形式上は、其々双方の国に『ここを構造改革して欲しい』と要求を出して話し合うものだが、

実際はアメリカの言いなりで、日本だけの構造改革が進められた。

 

・2002年 9月30日  小泉内閣は、竹中平蔵氏を金融担当大臣に据える。

 まもなく『郵政民営化★不良債権処理』に励み始める。

★民営化の利点(インチキ)をB層に語って、郵便・貯金・簡易保険の3事業を別会社にした。

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世界全体としても、1989年、冷戦終結の頃から激変して行った事を覚えている。

日本は2001年から『構造改革』と称して大企業のグローバル化も進んだ。

冷戦終結後、特に9.11以降「株主資本主義★」の仕組みが浸透し、激変した。

富と繁栄を齎した国もある一方で、世界で経済格差がどんどん広がっていく。

★会社は四半期で短期利益を出し、株価を上げ、儲けた利益を株主に還元する事が優先され始めた。

 

90年代に製造拠点は地方に移され、やがて海外(中国など)にどんどん移って行く。

(日本だけの現象だと思っていたけど、米国でも同様に『構造改革』が進んだ事を、数年前に知った)

 

当時は今と違って『正社員よりお得!』と思った若い人は、

自由度を優先して敢えて『契約社員』を選択する人もいた。一方、企業側も経費が少ない方がお得なの

で、『正社員』の数は増やさずに、『契約社員や派遣社員』の採用が増え始めていく。

 

ただ、企業が『人は財産』である事を忘れて効率を求め過ぎたのがマズい。

何でもかんでも民営化! にしていった政府もマズイ。

政治家なのに先を見通せず、突っ走ったことが、非情にマズかった。

 

効率化!を掲げられ、国立大学さえも率先して変わらざるを得なかった。

だから今、ロクでもない研究(コオロギ食とか、mRNAワクチンとか)でも目の色変えて

お金儲けが先に立って、倫理観を失って飛びついていく大学が増えた。

 

機械化で効率化を求めるのは悪い事じゃないけど

『無駄を省く』に気が向きすぎると、必要以上に『人減らし』に焦点が当たる。

『人は財産』である事を忘れず、

長い目で社員を育てて行った昔の経営者のやり方は、正しかった。

少なくとも、愛社精神を持つ社員は、今よりも遥かに多かっただろう。

今の企業のTOPたちは、一体、どんな社会を思い描いているのだろう?

企業は、人件費削減で経費を減らせても、肝心の物を買うのは『人間=庶民』だ。

『人間=庶民』が貧しくなれば何も売れなくなる。それをイメージ出来ないのか?

 

 

『ベーシック・インカム』と、ふざけた事を言うのは、一部の支配者層たち。

彼らは『自由と富と権力』を独占するために、

一般大衆を虫けらのように考える、心無い人たちだ

 

一部の支配者層たちは、今までボ~っとしていても糧を得られてきた人が多い

『就労の喜び』とか、『就労の大切さ』などを知らない人が多い。

苦労をした経験がない分、他者の苦しみとかが想像できないようだ。

共産主義に影響を与えたマルクスも、パトロンが居て遊んで暮らせる身分だった

トンデモナイ浪費家として知られていて、働くのが嫌いだった という。

マルクスが説く『資本論』が、支配者層たちに持て囃されている事からしても、

彼らがロクじゃない事だけは、誰にでも想像がつくだろう。

 

『就労』はお金を稼ぐのも1つの目的だけど、それだけじゃない。

やりがい・生き甲斐は、体と心の健康にも結びつく

他者から喜ばれ、役に立つと嬉しいし、それで糧を得られるなら万々歳。

自分が必要とされることぐらい、嬉しい事はない。 (*^-^*)

 

 

今の岸田政権の愚かしさを見て分かるように、

苦労知らずの2世3世議員が増えたことは、ロクじゃない。

私たちもそうだけど、為政者たちが皆、戦争経験者ではない事も災いした。

ガッツもないから、ここぞと言う時に抵抗せず、シッポを振る。

 

官僚も同じ。

おだてられ、持ち上げられ、利権を手にする内に、世間感覚からズレる。

今、政界や官界は腐敗しきっていて、もはや三権分立さえ疑わしくなっている。

法規範がなくなる事で、バカバカしい世の中になっている。

悪い事をしていても、裁かれない。

大手マスコミもジャーナリズムの役割を放棄し、批判しなくなった。

 
岸田内閣は、次から次へと、国民不在の政策を続けている。
貧富の差も大きくなっている と聞く。
観光で来た外国人が、不法滞在で居座っているケースも増えている と聞く。
そうなると、かならず物騒な社会がやってくる
他者への尊敬・他者愛を疎かにする人が増えれば、世知辛い社会にもなる。
まさしく悪循環だ。
『そんな日本にしたくない!』『未来に禍根を残さない!』『悪循環を断つ!』
今の日本に危機感を持つ人が、連帯して悪い流れを変えようと奮闘されている。
 
崩れた日本社会を元に戻すのは、ものすごいエネルギーが要る。
直ぐにどうこうして治せるレベルじゃなくなっている、グダグダな日本。
決してたやすい話ではないし、他人ごとではないのに、多くが他人ごと。
知らないのは、仕方ないよ。
メディアが役割を果たさないので、グダグダ社会になっている事にも気づけない。
 
 
多くが知らないまま、些末な事に捉われて、広い視野も失っているようだ。
何が正しくて、何が良くないのかも、判断できない人が増えている。
自分と違う意見を排除したがるのは、ネット上だけの傾向だけなのかな?
多くの人々が人任せで、何も考えなくなっている。
 
私は、奮闘する人たちの言動に感動したら、素直に伝えたい。
何も考えずに素晴らしいと思ったら、フィーリングで書いている。
知って貰いたいから、良いと思ったら、やみくもに書いている。
何も知らなければ、無防備のままなので、それではマズイと思うからだ。
 
 
動画で、プーチンさんの『仕事観』を知った。
私たちがいつのまにか疎かにした『仕事観』だった。
心から、共感した。 
それを思い出せば、私たちも必ず変われる。
機会が有れば、その動画の内容を記事にしてみたい と思っている。