愛猫のアズキが2018年9月7日に天国に旅立ちました。
前回の試合が終えて落ちつた頃、いつも通り中庭で遊んでたアズキが麻美の前で砂利を食べたんです。
普段はそんな事、絶対にしないのでビックリして一応動物病院に連れて行きました。
そして砂利は何も無かったんですが、それ以上の事が見つかりました。
「白血病から来るものでリンパ腫と診断されました」
この病気は発症しなければ寿命を全うできるのですがアズキは1歳になった時にリンパ腫と診断されました。
いわいる人間で言う癌です。
聞かされた時は一瞬頭が真っ白になり意味が分かりませんでした。
これから肺に水が溜まり呼吸がしにくくなり最終的には完治する事のない病気と告げられました。
抗がん剤を使って延命治療をして行くと言う選択肢もあったのですが副作用の事も考えると1日でも元気に他の猫たちとも遊んだり今まで通りオヤツを食べたり毎日当たり前の生活をさせてやりたくて残り僅かな時間をアズキにとって幸せな時間を作ってあげたいと思いました。
そこからアズキと僕達の闘病生活が始まりました。
この日からアズキが天国にいくまでの時間は本当に早かったし
改めて白血病の恐ろしさも実感しました。
肺に水が溜まるので呼吸を苦しそうにするのが本当に見てて辛かった。
少しでも呼吸が楽になれるように酸素室を用意したりサプリメントを食べさたり色んな事をやりました。
ですが病気の進行は止まってくれませんでした
最後の1週間はご飯も殆ど食べれずガリガリになり、2日に1回のペースで病院に連れていき針を肺に刺して水を抜き、凄く痛くて辛かったと思います。
それを何回も我慢してアズキは頑張りました。
僕と麻美は最後は呼吸困難で苦しい思いさせて死なせる事はやめておこうと決めていました。
出来るだけ肺の水を抜いて少しでも呼吸が楽になるように病院で何度も何度も肺の水抜きをしました。
それでも直ぐに肺に水が溜まっての繰り返しで肩で息をして口を開けて苦しそうに呼吸してる姿を見てアズキの体はもう限界を迎えていると思いました。
リンパ腫と診断されて21日目の朝に起きてアズキの姿を見てもう楽にさせてあげようと2人で決断しました。
そして病院へ連れて行き安楽死させてやりました。
最後の最後に奥の部屋に連れていかれる時に鳴いて抵抗しました。
あの時、アズキはもっと元気に生きたいって訴えていたと思うと胸が本当に痛いです
けど、あんな苦しい状態で生かせてあげる事は僕らには出来ませんでした。
ペットは色んな亡くなり方や病気があると思いますが安楽死を飼い主が選択しなければならないと言うのは本当に心苦しく、とても辛い選択だと思いました。
今思えば、アズキが麻美の前で石を食べたのは、体に異常があるから病院へ連れて行ってくれ。とゆう合図だったのかなと。
アズキは頭のいい子でしたからね。
元々野良猫だったアズキが、なら地域ねこの会で保護され、ご縁が巡り巡って僕達の家族になりました。
たった8ヶ月しか僕達と生活出来なかったけど濃い時間を過ごせ愛情を沢山注ぎアズキからも沢山の愛を与えて貰いました。
初め僕らの家に来た時はコムギと2匹揃って来たのですがコムギの後ろにずっと隠れて怖がっていた事を昨日の事のように思い出せます。
そんな怖がりだったアズキが僕達に心を開いてくれて人間の温もりを知ってくれて僕らの家に来た事をアズキちゃんは喜んでくれてるかなぁ〜って思います。
この世に産まれて1年しか生きれなかったけどアズキの事は一生忘れないし僕達の胸の中で生き続けていきます。
アズキ、本当にありがとう。
ヤマト、コムギ、ツクネをアズキの分まで大切にしたいと思います。
ツクネはアズキが亡くなった事を理解してるかしてないかは分からないですがアズキの遺体にずっと寄り添って一緒のベットで寝ていました。
そしてコムギはアズキの顔と体をベロペロ舐めてアズキの傍から離ませんでした。
兄弟みたいにこいつら3匹は同い年で良く一緒に遊んでたのでツクネとコムギにとってはアズキが、いなくなったと言う事が理解してたかどうか分かりませんがアズキの遺体を埋葬していなくなった後もアズキの寝ていたベットで2匹引っ付いて寝ていたので、こいつらなりに寂しいと思う気持ちがあったのでしょう。
ヤマト、コムタン、ツクネ、兄弟みたいに仲良かったアズキちゃんを助けてあげれなくてごめんね・・・
そしてアズキが亡くなって1ヶ月後の10月7日にアズキとコムギを譲って貰った、なら地域ねこの会の太田さんからとても心のこもった絵を頂きました。
真ん中にチクワも描いてくれています。
本当に頂いて嬉しかったです。
ありがとうございました。
これから猫を飼いたいと思っている方は、保護した猫ちゃんを譲渡する活動している団体から引き取って欲しいです。