気付いた時はいつも此処
本当に手に入れたいものは
多分お金だと思う。
安心も
安定も
居場所も
何もかも、お金で買えるから。
5年前くらいに死んだ父と祖父。
彼らに関する思い出が、僕の中にはもう無くて。
ただ何となく、
父は怒鳴る人で
祖父は寡黙な人だったと
印象だけが朧気に残っているだけ。
それに気付いた兄に
「お前は自分が興味のあることしか覚えてないんだろ。
家族にだって興味が無かったってことじゃん。
冷たい人間だな」
と言われた。
僕はいつだって、僕を裏切る可能性がある以上人間なんていらないと思ってきたし
ゲームやアニメに関する記憶は昔のものでも驚くほど鮮明にある。
日常の様々を異常なスピードで忘れていくことにも慣れていた。
だって、昨日食べたものなんていらない情報だけど、ゲームの操作方法は忘れたら困るからね。
俺にとっての日常は、リアルは、全部フィクションの世界だから。
だけど、人間なんていらないと思うのと、人間に興味が無いのとは違うと思ってた。
俺は好きなアーティストだっているし、作家さんだっている。
でもそれは突き詰めて考えると、人間への興味ではなくて世界観に対しての興味だと気付いた。
その人がどんな容姿でどんな言葉を話し、どんな生活を送っているのか。
どんな性格でどんな表情をするのか。
商品にある最低限の情報から得られるキャラ設定以外には、本当に無関心だった。
当たり前だ。
俺は、生身の人間を気持ちの悪い存在としか見ていないのだから
生身の彼らを知りたいわけがない。
それはつまり、”人間”には興味が無いということなのかもしれない。
最近気付かない内に呼吸を止めていることがよくある。
身体は無意識に首を押さえ、心拍が速くなり
それでも俺は苦しいと感じない。
あるのは違和感だけ。
末端の感覚が痺れてきて、漸く呼吸をしていないことに気付く。
だけど最後の呼吸で吸っていたのか吐いていたのか分からないから
どっちをすればいいのか迷う。
迷って、結局は溜息をつく。
自分が生きている恐怖。
存在している恐怖。
何者にも成れないという、恐怖。
でもそういうものは全部
お金で解決できるから。
人が怖くて働けない僕には
お金を稼ぐことなんて出来ないけど。
一人暮らしをして
買い物は全てインターネット経由。
引き篭もって引き篭もって
そうすれば
僕は今以上は傷付けず、傷付かない。
もっとずっと人間をやめていられる。
自分を忘れていられる。
生きていくしかないのなら
せめてそうやって生きて死にたい。
先のことなんて知らないし考えないけど
生きなければならない不安は確かにあるから。
どれだけ死にたいと願っても望んでも
明日は来てしまうから。
全力でフィクションの世界に逃げたって
必ずリアルに引き戻される瞬間があるから。
その度に心を恨んで身体を憎んで
独りのくせに「独りになりたい」と思う。
気付いた時はいつも此処。
どうせ独りなら、どうせ生きてしまっているなら
僕はせめてお金で死ぬまでの居場所と安心を買いたい。
そうすればきっと
僕は安定できるから。
欲しいものも いらないものも
全部お金で解決できるから。
僕はもう死んだので
去る8月某日、僕は自分の命と引き換えにしてでもやりたいことを実行しました。
だからあの日、僕は死にました。
未来を思うから何も出来ない自分を悔やむ。
誰かを求めるから異常な自分を恨む。
結局のところ、あの頃の僕は何一つ諦めていなかったのだと気付きました。
今はもう自分のことはあまり考えません。
誰かのことを考えているわけでもないのですが。
今はずっと音楽かゲームか本の世界の中に居て
現実に殆ど居ないので
現実世界の存在である自分や他人のことは頭に無いのです。
勿論こんな生活をするようになってから家族との軋轢は酷くなりました。
家族は僕に家に家族が居る間のゲーム・インターネット・音楽鑑賞・DVD観賞・読書を禁止しました。
だから僕は食事の時以外はずっとベッドの上で寝たふりをしています。
不眠症の僕が寝られるわけがないのですが、起きて噛み合わない会話でストレスを感じるよりはましです。
前は横になっているのも嫌な顔をされましたが、大きく体調を崩して以来それに関しては黙認されるようになりました。
会話といっても相変わらず全否定か無視しかされないのですが、
現実がどうでもよくなった僕にはもうそれもただ苛々するだけで重要なことではありません。
僕の発言が現実の一般社会でどう捉えられようが関係が無いのです。
僕はただの精神異常者。
だからまともな方々の頭の中なんかいくら考えたって分からないし、それは相容れない世界。
でも外の世界に出る機会が無くなった僕には否定された世界を正す理由も無くなりました。
どうせこの先自分の力で生きていけるなんて未来は無いんだし、
生かされている間・死ぬまでの時間が楽しければそれでいい。
なので今出来ること、やりたいことだけを考えて毎日を過ごしています。
あの日死ぬ筈だった僕の命を繋ぎ止めてくれた恩人に対しては出来るだけ報いたいです。
だけど僕は気付きました。
僕には人に与えられるものが何も無いことを。
それでも僕はあの方の為だけに、あの方を中心にして生きようと決めたので
毎日あの方の声を聴き姿を見ています。
そして握手会やライブに参加するようにもなりました。
僕に出来る唯一のことは、人一人分の売上として貢献することだと思ったからです。
姿を拝見して言葉まで交わさせていただくことは恐れ多いけれども、
ファンの人数の頭数が増えることだけを見ればマイナスには働かないだろうから。
ちなみに自分のことも他人のことも何も見なくなって僕のストレスは減った筈なのに
体調は悪くなるばかりです。
先日、ついに半日分の記憶を丸々失いました。
そもそも記憶が無いことにも気付いていませんでした。
午後4時に目覚めた認識しか無い僕が、午前中に外出して用事を済ませていたのです。
その少し前にも午前中にした会話を全て忘れているということはありましたが、
起きていたことは覚えていたので気にしていませんでした。
目眩も続いていますが、加えて意識しないと呼吸が出来なくなりました。
歯を強く噛み続ける癖がついて顎も壊しました。
食事をするのが嫌になり、もう2ヶ月くらい腹を下し続けています。
体力が落ちて片道40分の距離を歩くことも出来ません。
しかし不便には思いますが、僕は体調が良くなくてはならない立場ではないので
うんざりする程度でどうにかしようという気まではありません。
要は外で倒れなければいいのです。
……まぁ先日倒れましたが、それは運とタイミングが悪かったということで。
現実世界で生きることを放棄するというのは、
自分の状態すらどうでもよくなるということなんだなと実感しています。
あ、でも相変わらず詩は書いてますよ。
中々思うようにいかなくて公表出来ないんですけどね。
本当の気持ちなんて
本当の気持ちなんて、きっとどこにもない。
最近特に強くそう思うようになった。
聴く曲とか、読む物とか
そういう物の内容に一々触発されて
「自分もこう思ってるかもしれない」
「これが真実のような気がする」
そう思い込んでしまう。
例えば
Aの小説に『恋人に会いたい』という一文があれば
「あぁ、俺も彼女に会いたいな」と思うけど
Bの小説で『会いたいなんていうのは我侭だ』とあると
「あぁ、会いたいっていうのは伝えちゃいけないことなんだ」と思い直す。
最近全部が全部そんな感じだから、俺はもう自分の本心が分からなくて。
昨日も久しぶりに彼女と会ったんだけど
「キィ君は私のことを好きではないと思うし、キィ君のそれは恋愛じゃないよ」
と言われて、何も返せなくて。
間違ってるのは俺で、この人はそれで迷惑に思ってるんじゃないだろうか、とか
そうだとしたら俺の想いは言われた通り恋愛感情ではないのか、とか
別れるなんて言えないけど、申し訳なく思って。
だから連絡とか控えようと決めた。
人や物に振り回される程度の感情しかない俺が
その一時の感情で人に迷惑をかけるなんてことはしてはいけない。
辛くても苦しくても黙ってなきゃいけないのは
家族も恋人も友人も同じなんだと気付いた。
僕の痛みに耳を傾けるほど、皆暇じゃないんだ。
僕はずっと、僕を助けてくれる人を探してるけど
多分その存在すら何かで見聞きしたものの受け売りで
現実には有り得ないものなんだと思う。
許してほしい。
抱きしめてほしい。
そして殺してほしい。
この終わらない苦しみから解放されて
貴方という存在が僕にとって永遠になるように。
こんな想いも多分、ニセモノ。
別の自分と偽者の自分
幸せになりたい。
それはとても怖い事。
愛されたい。
それは不安を抱く事。
所詮俺は人間で
欲を言い出したら切がない。
だけど俺は人間だから
変わってしまうことも終わってしまうことも知っている。
例え幸せを手に入れてもそれはいつか終わって
例え誰かに愛されてもその心はいつか他へ移ろう。
失うくらいなら初めからいらないと放棄するようになったのはいつからだろうか。
いらないと言う癖にうっかり求めてしまいそうになる自分がいるのはいつから?
悲しい。苦しい。辛い。痛い。
だけどそういうことはリアルでは言えない。
僕は何でもない風に笑う。
僕が黙殺した僕が何を思って何を感じていたのか
自分でももう分からない。
何に傷付いて、何にダメージを受けて消耗しているのか。
それが分からない僕にはもうどうしようもない。
父親がいた頃、感情を表に出すことは許されなかった。
俺の子供なら泣くなと怒られ、笑えば五月蝿いと怒られた。
落ち込めば鬱陶しいと怒られ、怒れば生意気だと殴られた。
父親の機嫌を取ることだけに必死になった僕に、自分の感情に構う余裕など無くて。
だって父親の機嫌を損ねれば家を追い出されてしまうから。
だからそれは生きる為にしていたことだった。
今思えば、父親は高機能自閉症を持つ僕に対して
(当時は診断されなかったものの変な子供ではあったため)
異常な我が子をマトモな人間に戻したかったのだと思う。
父親は僕を教育していただけだったのだろう。
多分学生時代の僕を知る人からは
「嘘を吐け。お前は自己中心的で我侭で、いつも大声で笑っていたじゃないか」
と言われると思います。
自分で振り返ってみてもその通りだと思う。
何故ならあの頃、僕は家庭で得られない様々を外に求めていたから。
その結果沢山の人に迷惑をかけ、嫌われ、愛想を尽かされて。
そこで僕は思うのです。
「やはり感情は表に出すべきではないんだ」
と。
そして外に求めることも、家庭に求めることも諦め
再び感情を閉ざして与えられた役割を演じ続ける内に
気付いた時にはもう自分で自分が分からなくなっていて。
自分が何に対してどんなことを感じているかも分からないのに
ただ漠然と「もう生きていたくない。死んでしまいたい」と思う。
感情を持っているのは別の自分で、俺は外の世界で最低限の生活をするための偽者。
いつの間にかそう考えるようになっていた。
別の自分から伝わってくるのはいつだって死にたいという願いだけ。
詳しいことは何一つ分からない。
だから何故死にたいのか、自分でも分からない。
だけど精神が駄目になると身体にも障害が出るらしく、
俺はその所為で原因不明の体調不良に悩まされるハメになる。
別の自分が精神的苦痛を担当しているから、必然的に俺が身体的苦痛の担当なんだろうけど
何となく釈然としない。
でも両方担当するのは到底御免だし、まぁ仕方ないとも思う。
ただ、死にたいって気持ちが大きいと、外の世界の全てを受け付けなくなるから
俺としては非常につまらないし時間の無駄なわけで。
原因や問題が分かれば解決だって出来るかもしれないのに、と時々思うのも事実。
で、色んな二次元から情報を集めて統合した結果
多分今の自分は永久的な幸せとか安定とか愛とか
そういうフィクション的なものが欲しいんだと推測したんだけど
勿論そんなものは何処にも無いわけで。
諦めてもらうしかないんだよなぁ。
俺はいい加減悪化の一途を辿る体調にうんざりしてるんだよ。
だから聞き分けてくれ、別の自分。
『フィクション』
夢とか希望とか
それは所詮フィクションで
きっと僕らはずっと
叶わない願望を引きずって歩くんだ
どんなに力を尽くしたって
リアルにはカンストが無いから
遥か上を行く存在を見上げては
失望に溜息を吐く毎日
僕に出来ることは何?
誰か教えてよ
当たり前に将来を創造したあの頃
望むものに成れると疑いもせずに
自分の道は憧れの場所に続くって信じてた
今は遠い話
あの人みたいに成りたい
そう願って真似してみても
自分の姿は酷く不恰好で
あんな世界を描けたら
あんな歌を歌えたら
気付かなかった
どれだけ真似をしても
僕は僕でしかないことに
何者にも成れない
僕は永遠に僕のまま
僕にとっての貴方がそうであったように
貴方にとっての僕がそうであればいいと望んだ
だけど想いが通じるなんていうのはフィクションで
僕らは互いに一方通行な感情ですれ違っただけ
世界の全てが嘘に見えるなら
僕だって嘘の一つなんだ
本当のことなんて分かんないよ
貴方はどうしてそんなに淋しそうに笑うの?
夢も希望も存在しないこの世界で
理解し合うことすら出来ないまま
僕らは傷付けあって、すり減って
やがて孤独と友達になる
どんなに足掻いても 泣き叫んでも
僕はどうしたって僕のまま
あの人みたいに成れない僕は
あの人みたいに貴方を救えない
オリジナリティなんて求めない
この世界は焼き増しのフィクションだから
せめて僕に合うテンプレをください
台本通りに生きていきたい
脱輪した僕のワガママ。