2024年

あけましておめでとうございます。

 

 

1/1、実家に帰省する新幹線にて

このブログを書いています。

 

 

今年は旅で始まったから

旅の多い年になるのでしょうか。

 

 

(あるいは帰省の多い年になるのか?)

 

 

2023年の年末は、

わたしは初めての

「おひとりさま年越し」をしました。

 

 

さびしいかと思いきや、

なんとも身軽な気分で年越しできました。

 

 

 

でも、

12月あたまくらいまでは、

前年と同じく

自分の実家(岐阜)に

大晦日に帰ろうと思っていたのです。

 

 

 

しかし、

岐阜の実家は非常に寒い。

 

 

 

昨年の大晦日は、

父は自室にこもってふとんをかぶって、

耳が遠いゆえ

大音量でテレビ鑑賞。

 

 

母が他界してからは

男やもめを

絵に書いたような。。。

 

 

わたしは

ひとり居間で

寒さにふるえながら

居間のテレビで紅白を見ていました。

 

 

暖房をつけたらよかったんですが

実家は灯油ファンヒーターで、

わたしひとりで

広い居間をあっためるのを遠慮してしまったのです。

 

 

 

寒さにふるえつつ

元旦を迎えたのですが、

なんと、

父が帯状疱疹になって

病院の救急外来に行くことに。

 

 

 

点滴を打ってもらって

それほど大事にならずにはすんだのは

幸いでした。

 

 

 

病院から帰った後は、

父と兄と妹と

妹のおうちで

あったかい食卓をかこんで

いろんなごちそうをいただいて

やっとお正月らしい気分になりました。

 

 

 

わたしは3人きょうだいなのですが、

兄にも妹にもわたしにも

それぞれ3人の子どもがいます。

 

 

子どもたちが小さかった頃は

お正月には

おちびさんたちが大集合して

それはそれはにぎやかでした。

 

 

 

そんな思い出も

今は昔。

 

 

今は子どもたちは

日本全国や海外に散っていて

集まることはほとんどありません。

 

 

でも、

みんなそれぞれ

自分らしく元気に暮らしているようで

なんともすばらしいことです。

 

 

 

今回の年越しに

話をもどします。

 

 

 

12月下旬まで

「帰省どうしようかな~」

と逡巡した結果、

大晦日は

横浜でひとりですごして

元旦に帰省することにしました。

 

 

 

娘と次男は

お父さんと東京の実家で年越し。

 

 

そして長男は

外国の方とおつきあいしてるので、

彼女といっしょに、

彼女の国で年越し。

 

 

いいですね~♡

 

 

 

そしてわたしは、

「せっかくひとりで

横浜で年越しするんなら」

と、

大晦日に「石田組 年末感謝祭」

に行くことに。

 

 

 

すでに

昼の部のチケットは売り切れでしたが、

ラッキーなことに

夜の部の席は

まだ空席がありました。

 

 

 

残っていたのは、

1階席のかなり後方と

舞台わきのバルコニー席。

 

 

わたしは、

「舞台のすぐ近くで見られるって

おもしろそう」

と、バルコニー席を購入しました。

 

 

しかし、ポチッとした後、

次男に

「舞台わきだと、音があまり

ひびいてこないんじゃない?」

と言われて、

 

「素直に

正面の後ろのほうの席を

買えばよかったかな~」

と後悔しかけたんですが、

 

「いや、やっぱり

ふだんとは違う体験をしてみよう!」

 

と、思い直しました。

 

 

(わたし、

決断早いくせに悩むのだよな〜)

 

 

 

そして迎えた大晦日。

 

 

朝は、

「大晦日のにぎわいを味わいましょう」

と、次男とふたりで

てくてく歩いて

洪福寺商店街へお出かけ。

 

 

この商店街の別名は、

「ハマのアメ横」。

 

 

近くにイオンモールができてから

少しにぎわいが減った気がしますが、

さすが大晦日、

大にぎわいで、

マグロを求める行列がズラーッと続いていました。

 

 

にぎわいの雰囲気を楽しんだ後は、

商店街の中にあるコメダ珈琲で

大晦日のモーニングを堪能しました。

 

 

 

そしていったん家にもどり、

次男が

東京のおばあちゃんちへ行くのを見送ったたあとは

いよいよ石田組年末感謝祭へ。

 

 

会場の最寄駅である

桜木町駅前は

若い人たちや外国人旅行客が大勢いました。

 

 

みんな、

みなとみらいの光景を見ながら

年越しするのかな?

 

 

みなとみらいホールへ向かって

ランドマークタワーの中の

キラキラとしたディスプレイの前を歩いていたら

 

「なんだかずいぶん

遠いところに来てしまったなぁ」

 

という感覚が。

 

 

子どものころ、

大晦日といえば

コタツに入ってみかんを食べながら

紅白を見ていました。

 

 

台所ではおかあさんが

忙しそうに

おせちの仕上げをしていたっけ。

 

 

 

わたしも、

自分が結婚してから数年前は

ふつうの「おかあさん」「ヨメ」を

がんばっていました。

 

 

それが、今は、

横浜で

ひとり身軽に闊歩しちゃって。

 

 

いいのかな?

 

うん、いいのです。

 

 

 

でも、

おひとりさまの楽しさ、

身軽さを感じられるのは

これまで

がんばってきた年月が

あるおかげだと思う。

 

 

 

いろんなご縁に

心から感謝です。

 

 

 

会場に到着して

自分の席を探すと、

 

 

おぉ!

舞台が近い!!

 

 

「演奏者の

後ろ姿を見ることになるのかな?」

と思ってましたが、

演奏が始まると

こちらに体を向けて演奏する方も多く、

石田さんもあちこち移動するので

めっちゃよく

表情が見えるではないですか。

 

 

 

石田さんが、

番長のごとく、

「組員」のみなさんに

オラオラ~ってやってる様子も見えて

楽しい(≧▽≦)

 

 

バルコニー席には

落下防止のワイヤーが張られていて、

最初、少し気になりましたが、

演奏に入り込むと

その存在を忘れてしまいました。

 

 

演奏も

最高にすばらしかった!

 

 

 

 

第一部はクラシック、

第二部は事前のリクエストによる

ポピュラー音楽という

構成でした。

 

 

 

弦楽器で聞く

クイーンのボヘミアンラプソディは

重厚で最高。

 

 

 

そして、

リクエスト第一位の

「ニュー・シネマ・パラダイス」は

わたしの大好きな曲で

聞きながら、

ツー・・・と頬に涙が。

 

 

ニュー・シネマ・パラダイスでの

大好きなセリフは

アルフレッドがトトに

「自分のすることを愛せ」

というセリフ。

 

 

石田組の奏でる「ニュー・シネマ・パラダイス」がまるで

「自分の好きなように生きたらいいんだよ」

という

メッセージのように感じました。

 

 

 

わたしは、これまでにも

石田さんの演奏は

何度か聞いたことがあったのですが、

「石田組」のコンサートは

今回が初めて。

 

 

石田組は、

 

 

石田さんは、

いつもアンコールを3回くらいやってくださって、

そして、

3度めのアンコールのときに

やっと

「こんにちは。石田です」

って、シブくあいさつするのが恒例。

 

 

でも、石田組コンサートでは、

第二部のはじまりのときに

石田「組長」が

「組員」のメンバー紹介をしてくださいました。

 

 

 

その紹介のしかたが

なんとも愉快でした。

 

 

 

「◯◯フィルハーモニー首席、◯◯。

今日はご両親が来ています。

ふたりとも、俺のファン」

 

 

「◯◯交響楽団、コンサートマスター、◯◯。

娘が◯歳。

この娘が、俺のファン」

 

と、

「俺のファン」

がお約束のように繰り返されるのです。

 

 

 

番長のような

アニキのような組長をしたって

組員のみなさんが

集まってくるんですね~。

 

 

その雰囲気は

なんだか男子校みたいで

「男子って、おもしろいなぁー」

とニコニコしてしまった。

 

 

 

その石田組、

なんと、2024年は

初の武道館コンサートをするんですって!

 

 

 

わたしが最初に石田さんを見たのは

数年前に

当時住んでいた南足柄で開かれた

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の

演奏会でした。

 

 

そのとき石田さんは

コンサートマスターをつとめていたのですが、

雰囲気が金髪のヤンキーで、

演奏する様子も、

まさに「ブイブイいわせてる」いう表現がぴったりでした。

 

 

オーケストラの演奏家って

お行儀のいい印象があったのですが、

「こんな人がいるんだ!」

って、イメージが大きくかわったのを覚えています。

 

 

その数年後、

大晦日にひとりで

石田さんの演奏を楽しむ日が来ようとは。

 

 

 

石田組でも

数回のアンコールは健在。

 

 

 

アンコールのときは

組員のみなさん、

「石田組」と大きく筆文字で書かれた

Tシャツに着替えてて、

足元は、

ワイルドに裸足。

 

石田さんは、

最初のアンコールでは「石田組」のTシャツで、

二回目のアンコールでは、

「模範囚」って書かれたTシャツで笑ってしまった。

 

 

 

オーケストラとは

ひと味もふた味もちがう

胸躍る弦楽器の時間にひたりました。

 

 

 

終演後、

カフェで余韻を楽しんでいこうかなぁと

思いましたが、

どこのカフェもけっこう混んでいたので

そのまま帰宅。

 

 

自宅について、

紅白歌合戦をパソコンで流しながら

ゆっくりお風呂に入りました。

 

 

 

そして、

12時ちょっと前にベッドに入ると、

港のほうから

「ボーーーーッ」

と、船の汽笛が。

 

 

これが、噂に聞いていた

「除夜の鐘」ならぬ「除夜の汽笛」というやつですな。

 

 

 

昔、

「ガラスの仮面」のマンガで

「除夜の汽笛」の場面を見た気がするんですが

検索では見つからなかった。

 

 

少女マンガだったと思うんですが

その「除夜の汽笛」のシーンが

印象に残ってて

「いっかい聞いてみたい」

と思ってたのですが、

とうとうその夢が叶いました。

 

 

 

除夜の汽笛を聞きながら、

「あけましておめでとう、わたし」

と、自分自身にあいさつして眠りにつき、

無事、

「おひとりさま年越し」を

したのでありました。

 

 

 

旧年中、お世話になったみなさま

本当にありがとうございました。

 

 

2024年も、

どうぞよろしくおねがいいたします。