きはるの まいにちと 経験と -3ページ目

きはるの まいにちと 経験と

私、樹晴(きはる)のただの日記です。ジャンルは決まってません。適当と気分です。

久々に早番出勤。入浴介助だったため腰が痛い。

入居者の男性から、入浴の度にいつも言われる台詞。

「何でこんなゆるくねぇ仕事やってんだ」

介護職をやりたくて勉強してた、と話すと先輩職員からも変わってる、と話されることが多い。

私が介護職を目指し始めたのは中学生の時だった。

私はいじめにあっていた。

当時きもいくらいアニオタだった私は、周囲なんて気にせず鞄にグッズをつけ、好きなアニメの下敷きを持ち歩く。

どちらかといえば華やかな人が多かった中学では、完全な変人だった。そして、いじめられていた女の子と仲良くしていたのもあり、陰口を叩かれるのは当たり前、酷い時は廊下に立たされ見せしめのように罵倒されたり、靴に画ビョウを入れられたり、下級生にまで噂を流され学年全体からいじめられてしまった。

地元でも有名な荒くれた学年だったため、先生も面倒くさがり助けてはくれなかった。

母は学校に行かないという選択肢は私に与えず、泣いて行きたくないとせがむ私を無理矢理引っ張り連れて行っていた。

学校にこそは行っていたが、友達も一人だけでどんどん引きこもりになっていった。

見かねた母は、私が歌が好きというのもあり近所の民謡教室に連れて行き、何とか人とコミュニケーションをとれる機会を増やそうとしたのだ。
民謡教室には高齢者ばかりで、私と同じ年の子はいない。

高齢者の人達はとても優しかった。何より親切で、いつも気遣ってくださった。学校では居場所がなかった私だったが、民謡教室は自宅以外で心から楽しめる場所になった。

高校進学後に部活が多忙になったため、二年くらいで民謡教室はやめてしまったが、あのときお世話になった高齢者様のような人達に恩返しし、社会貢献しようと思ったのである。

確かにゆるくねぇ仕事だが、高齢者と話しているとあの頃のように楽しくて落ち着くのだ。人と話すことが怖かった私に自信を取り戻させてくれる。

アニオタだろうがピザデブだろうが一生懸命頑張っていれば、受け入れてもらえる。

私にとっては大事な居場所で、大好きな仕事だ。




埋もれてるのはパンツじゃない、靴下カバーだ。