大竹浩司は、片山弘樹の顔をじっと見つめていた。 
  
「なあ、お前……寄付とかしたい人?」
 
唐突な質問に、大竹はパンを口に運びながら答えた。
 
「したくない人」
 
「ふーん……え、ほなもし、目の前に困ってる人がおったら助けるタイプ? 助けへんタイプ?」
 
「助けるタイプやな。探偵やし」
 
「せやな、俺もや。もちろん助けるタイプ」
 
そう言いながら、片山はIQOSをくわえて煙を吐いた。デスクの上には、ピカピカに磨かれたピストルが転がっている。
 
「でもな大竹……俺ら今、困ってる側ちゃう?」
 
大竹はスポーツ新聞をめくりながら、「せやな」と軽く相槌を打つ。
 
「金、ないしな」
 
「そうなんよ。ママにツケの話したら、今月払えへんかったらスナック出禁って言われてん」
 
「お前、それはもうしゃあないやろ」
 
「スナックは俺のオアシスやぞ?」
 
「知らんがな」
 
片山は大きくため息をつくと、デスクの引き出しからペンを取り出し、空中に「¥」のマークを描くようにくるくる回した。
 
「なあ大竹、お前のスマホから“PayPay”って聞きたいなあ」
 
「絶対に聞かせへん」
 
「お願いや! お前のPayPayから、この俺に5万円の愛を!」
 
「お前の頼み方、だいぶ気持ち悪いで」
 
大竹は呆れながらも、視線を片山の手元へ向けた。
 
「てかさ、お前、毎日そのピストルの手入れしてるけど……探偵にピストル必要か?」
 
「必要やろ」
 
「お前、今まで一回でも使ったことあるんか?」
 
「今までは運良く世話にならんで済んだけどな」
 
「浮気調査とペット探しにピストルいるか?」
 
「男のロマンや」
 
片山は得意げにそう言って、もう一度ピストルを磨き始めた。
 
「はいもしもし、こちら工藤探偵事務所」
 
また始まった。松田優作のモノマネだ。
 
大竹は頭を抱えた。「憧れ強すぎんねん」
 
「探偵と言えば三点セットやろ? 黒のスーツ、ハット、サングラス……」
 
「お前、今スウェットにサンダルやんけ」
 
「男のロマンは格好やない。心や」
 
「はいはい」
 
軽く受け流した大竹だったが、片山のピストル磨きは止まらない。
 
「なあ、それほんまに持ってる意味あんのか?」
 
「あるやろ。人生何があるか分からへんねん」
 
「まあそうやけど……」
 
と、そこで片山のスマホが震えた。
 
「ん?」
 
何気なく画面を見ると、そこには 「件名:極秘ミッションの依頼」というメールが表示されていた。
 
「なんやこれ……」
 
開いてみると、文章はこう書かれていた。
 
(続く)
ーーーーーーーーーーーー 
公演ではこの物語がどう展開するのか!?
是非観に来てください!

公演情報はこちら



探偵事務所というものは、もう少しスタイリッシュなものだと片山弘樹は思っていた。暗がりに潜む影、鋭い眼光、謎めいた依頼人。そして、煙草の煙が立ち込める事務所のデスクには、いつでも危険な情報が転がり込む……。  
 

だが現実はどうだ。  
 

「ツケ溜め込み探偵の片山さん」  
 

電話越しに聞こえたスナックのママの声は、全く色気がない。  
 

「言い方悪いわぁ。まあ確かに、ツケ溜まってるのは事実やねんけど」  
 

片山は苦笑しながら、デスクに肘をつく。右手には手入れ中のピストル。左手にはスマートフォン。探偵の道具として、これ以上の取り合わせはないはずだが、話の内容が台無しにしている。  
 

「今日はツケ払いに来てくれるんかなぁ? 何ヶ月分かなぁ?」  
 

「いや、それを相談したいんやけど……」    

 

「あぁん?」  
 

「『あぁん?』って、ママ。ガラ悪いわ」   

 

ママの口調はさらに冷たくなる。「うちは慈善事業ちゃうねん」  
 

片山は内心で舌打ちしつつ、適当に誤魔化す手を考えた。こういうときは、多少のハッタリが効くものである。  
 

「実はな、でっかいミッションが入る予定でな。それを解決したら、俺の名が世間に轟いて、ママのお店も有名になる」  
 

「ふーん……それで?」  
 

「お客さん増えて、売上も上がって、つまり俺のツケは先行投資や」  
 

「じゃあその先行投資を回収するために今すぐ払って」  
 

「話の流れおかしくない?」   
 

「おかしくない」  
 

「今回だけ!ほんま今回だけ!」  
 

ママはため息をつき、「しゃーないなあ。ほな、今日んとこは特別に待ったげる」と言ったが、最後に冷たく釘を刺した。  
 

「来月払わんかったらスナック出禁ね」    
 

スナック出禁だけは勘弁してほしい。片山の密かなオアシスが、完全に消え去ることになる。  
 

ちょうどその時、事務所のドアが開いた。  
 

「おはよっす」  
 

姿を見せたのは相棒の大竹浩司だった。元刑事の大竹は、片山とは対照的に真面目で実直な男……のはずだったが、今日の様子は少し違った。  
 

片山はじっと彼を見つめ、ふと眉をひそめた。  
 

「……お前、昨日よりワンサイズおっきなってない?」  
 

大竹は怪訝な顔をする。「なってへんよ」  
 

「いや、なってるって」  
 

「なってへんて」  
 

「お前、昨日までミドル級やったやん。今もうヘビー級やん」  
 

「そんなでかないわ!」  
 

「ほな、チョコザップ行った?」  
 

「行ってへんし。行ったところで一日で変わるかあ」  
 

「ほなどうしたんや?」  
 

大竹は腕を組み、少し考えてから、ぽつりと言った。  
 

「……梅雨太りちゃうかあ」  
 

「ふわあ、ボケよったあ」  
 

「頑張ったんちゃう?」  
 

「しかも分かりづらいボケ!」  
 

そんな他愛のないやりとりが、今日も事務所に響き渡る。  
 

だがこの時、二人はまだ知らなかった。この日、彼らにとんでもない「ミッション」が舞い込むことをーー。

ーーーーーーーーーーーー 

劇団ではこの物語がどう展開するのか!?
是非観に来てください!

公演情報はこちら



【作品紹介】
俺たちに不可能はない!?
元刑事と元詐欺師、ワケありおっさん二人が経営するショボい探偵事務所。依頼は浮気調査やペット探しばかりで、家賃も払えず解散の危機に瀕していた。
そんな中舞い込んできたミッション。「ある企業の極秘データを入手すること」。高額報酬につられおっさん二人は潜入開始。
しかし、そこに現れたのは謎の覆面ブラザーズ!?
おっさんVS覆面の、極秘データをかけた爆笑バトルが今始まる。
果たして彼らは、ミッションを”おっさんポッシブル”できるのか!!
脚本・演出 倉橋勝

 
【公演情報】

[作品名]
ミッション:おっさんポッシブル ~VS覆面ブラザーズ~

[会場]
伽琉駝門(カルダモン)カフェ
大阪府大阪市中央区南船場1-3-5リプロ南船場ビル地下1階
大阪メトロ松屋町駅1番出口より徒歩2分
大阪メトロ長堀橋駅1番出口より徒歩6分

[日程]
6月8日(日)
※開場は、開演の30分前です。
※上演時間は90分を予定しております。

[CAST]
倉橋勝
森本和也

チケット料金 全席自由
3000円
※1ドリンク500円別途いただきます。
 
そしてそして、
クーポンGETで1ドリンク500円無料!!
クーポンGETはこちら!
【公演中止のお知らせ】 
 
すみません、3月16日(日)に予定していた喜劇団R・プロジェクト公演『殺し屋のるーる』が公演中止となりました。 
 
理由は、稽古開始1週間ほどで出演者が2名降板したことです。 
 
残ったキャストで、何とかやりくりしてやってやれないことはないのですが、 
 
お客様のご満足いただくクオリティまでは高められないと判断し、誠に残念ではございますが、断腸の思いで公演中止とさせていただきます。 
 
楽しみにしていた方々、応援していただいた方々、すでにご予約していただいた方々、誠に申し訳ありません。 
 
喜劇団R・プロジェクトは今一度仕切り直して、また新たな形で活動報告できることをお約束します。 
 
どうか、今後も引き続き、喜劇団R・プロジェクトをよろしくお願いします。 
 
喜劇団R・プロジェクト 倉橋勝


3月公演『殺し屋のるーる』の戯曲を小説風にしてみました。もうこれはほぼほぼネタバレです(笑)
どうぞお楽しみください。 
ーーーーーー 
 
【登場人物】
チヒロ(私生活ではニートだが裏の顔は殺し屋 殺し屋協会所属)  
 
サエキ(殺しの依頼人 殺し屋協会所属) 
 
エモト(殺しのターゲット 殺し屋協会京都支部所属) 
 
キノッピー(チヒロのニート仲間 ゲーム好きのニート) 
 
タケポン(チヒロのニート仲間 夢追い型ニート) 
 
サエコ(コンビニの店員 コンビニではチヒロの先輩 年下なのにチヒロに先輩風を吹かせる小生意気なイマドキ女子高生) 
 
ーーーーーーーーーーーー 
《前回からの続き》 
 
その時、事務所のドアが勢いよく開いた。 
 
「ちょっとチヒロさん!何してるんですか!」 
 
サエコだった。 
 
「え、え?サエコさん?」 
 
「おかしいと思った。チヒロさん、なんか怪しいなって。殺し屋やったなんて。マジでビックリ!」 
 
「えっ…!」 
 
背筋が凍る。彼女に正体を知られた以上、この状況はさらに複雑になる。 
 
「なあサエコ、ここで帰っとけ。お前には関係ない話や」 
 
エモトが言う。 
 
「いやいやいや、関係あるっしょ。店長が殺し屋とか、ドラマすぎるやん!」 
 
場違いなほど無邪気な彼女の態度に、うちは頭を抱えたくなった。 
 
しかし、サエコの登場で張り詰めていた空気は一瞬緩んだ。そしてうちは、その瞬間に一つの結論を出した。 
 
「エモトさん」 
 
うちは机の上の銃に手を伸ばしたが、それをエモトに向けることはなかった。 
 
「うち、エモトさんを殺すんは、やめます」 
 
「…ええんか?それで」 
 
「ルールを破った人間を消す。それが協会のやり方。でも、うちはエモトさんがただの裏切りもんやとは思えへん」 
 
「…甘いな」 
 
エモトはそう言って笑ったが、その目にはどこかほっとしたような光が宿っていた。 
  
ーーーーーーー 
 
翌日、うちは協会に報告を入れた。「エモトの処理は完了した」と。 
 
もちろん嘘だ。だが、協会がその嘘を見抜くには時間がかかるだろう。その間に、うちは新しい生き方を見つけようと決意していた。 
 
エモトとサエコ、そしてうち。奇妙な関係が続くかもしれないが、少なくとも今は、自分が信じる道を選んでみようと思う。 
 
「殺し屋やのに、情なんかかけてどうすんねん」 
 
エモトはからかうように言ったが、その言葉にはどこか温かさがあった。 
 
「だって、うちも、人間やから」 
 
その一言が、次のうちの物語の始まりだった。
(終わり)

公演情報はこちら