「……っ」
一瞬、足に走った痛みにナギは顔をしかめた。
「ナギっ…」
ヒロインの悲痛な声がして、体勢を維持する。
「ったく。オマエが盾になってどうするっ」
怒ったようなシンの声と一緒に、ナギの背にいたヒロインが腕を引かれてナギから少し離れた。
「ナギっ」
強引にナギから引き離されて、ヒロインがナギの背に手を伸ばしかけた。
「馬鹿、この距離じゃないとナギが鎖を使えねぇ。そのくらい、ナギの女なら判れっ」
「え?」
シンの言葉に、ヒロインが驚く気配がする。
仲間と共に戦う時、特に銃撃戦においては、鎖鎌の鎖部分が有効な防御に働く。
武器を扱い、それなりの技量を持つ者には説明するまでもない攻撃範囲や予備動作に必要な範囲が、彼女には判らない。
銃弾を弾き返すために鎖を振るうには、そのための予備動作がどうしても必要になる。
いちいちナギが言葉で説明しなくともシリウス海賊団の仲間は、その必要な空間を悟り、巧みに空間を用意してくれた。
今もまた、ヒロインがたった2歩後ろに下がっただけで、容易に鎖はナギの思うように動く。
「……悪りぃな」
ナギ自身も、それは、言葉ではうまく説明できない。だから、ヒロインに的確な指示が出せない。
もっとも、刻々と敵味方のポジションが変化する戦闘中に、指示を出す時間など無いのだが。
混戦の中で、上手に立ち回れていないヒロインの腕を掴んだシンが、ナギの動きに合わせて必要な空間を作っていく。
もしもナギの使う武器が剣や銃だったなら、ヒロインは手の届く範囲にいてくれるだけで守れるのだが…。
「おい、お前ら、後は頼んだぞ」
船尾楼にいたリュウガが、両手に剣を持って跳躍するのが見えた。
敵船のバウスプリットへ着地して、そのまま甲板を駆けていく。
敵の親玉がリュウガに倒されるのは時間の問題だろう。
シリウス号の甲板に、すでに動ける敵は居ない。
ふぅ、と張り詰めていた緊張を解くと同時に、背中に抱きついてきたヒロイン。
「ナギ、私、よくわからなくて、ごめんね」
「……気にすんな」
抱きついて来たのが背中のせいで、落ち込んでいるだろうヒロインの頭を撫でられないことに、もどかしさが募る。
「ナギ、医務室へおいで。ヒロインちゃんも一緒に、ね」
ナギがヒロインを庇って足に傷を受けたことは、ソウシも気づいているようだった。

ナギの手当てが始まり、ヒロインは一足先に厨房へ行って夕食の下ごしらえをすることになった。
ケガの責任を感じる彼女に、ナギが手当てを終えて厨房へ行くまでにやる仕事を割り振ったのだ。
お湯を沸かし、玉ねぎの皮を剥いておくという、それほど大変な仕事ではなかったが、ヒロインは喜んで倉庫へ玉ねぎを取りに行き、抱えて厨房へ向かった。
「…腕、大丈夫か?」
厨房の入り口には、シンが立っていた。
「シンさん…?」
玉ねぎを抱えている腕を、シンが見下ろして、ため息をついた。
「…手加減できなくて悪かったな」
戦闘中、シンに掴まれていたところが、赤く痣のようになっていた。
「あ、こんなのぜんぜん。しばらくすれば消えるし、あの時、シンさんが引っ張ってくれなかったら、ナギがもっと大怪我しちゃってたかもしれないし…」
ニコっとヒロインはシンに笑いかける。
「逆に、お礼言わなくちゃ。シンさん、ありがとうございましたっ」
「……礼を言われてもな…」
ヒロインから視線を反らしたシンが、ため息をつきながら厨房の扉を開ける。
玉ねぎを抱えているヒロインの両手がふさがっていることを分かっていての、心遣い。
頼まれる前に、先回りして扉を開けてくれるシンに、ヒロインは嬉しそうに笑った。
「あ、ありがとうございます。フフフ…なんか、お嬢様になったみたい」
そんなヒロインを、どこか居心地悪そうにシンが見下ろして、苦笑する。
「玉ねぎを抱えたお嬢様がいるかっ」
「あはは。でも、シンさんて、扉を開けるだけなのになんか、お屋敷の執事さんみたいな雰囲気だったから」
「……フン。執事…ね」
扉を通過したヒロインに付き従うように、シンも一緒に厨房に入る。
「え? シンさん?」
「……お嬢様、お手伝いいたしましょうか?」
軽く頭を下げて執事然とした態度のシンに、ヒロインは息を呑んだ。
「……っ」
一瞬、自分が本当にかしずかれたような錯覚。
「えっ、…あ、いえ、自分でやるのでお手伝いは…」
慌てたような焦ったような口調に、シンが艶笑する。
「お嬢様?」
「あわわっ…い、いや、結構ですっ。あの、ナギもすぐ来ると思うしっ…あっ、玉ねぎっ」
更に覗き込まれて、慌てたヒロインの腕の中から、ゴロゴロと玉ねぎが床に転がった。
咄嗟に転がった玉ねぎを拾おうとして、ゴツ、と額をぶつける。ヒロインを覗き込んでいたシンの鼻先に。
「…っ」
「いったぁ…あ、ごめん…、シンさん。大丈…」
言い終わる前に、片手で鼻を押さえたシンが、盛大なため息をついてヒロインに背を向けた。
「ナギに、距離のとりかた習っとけっ!」
そういい捨てて、扉を出て行く。
「…距離の…そっか、もとはといえば、私がナギの戦いに必要な距離がよくわかっていなかったからだもんね…」
ヒロインは、しばらく考え込んでいたが、やがてはりきって玉ねぎの皮を剥き始めた。
「距離のとりかたの練習?」
「うん。ほら、時間がある時に、ナギに教えてもらっておいたら、いいかなって」
夕食の片付けをしながら、ヒロインが言い出した提案に、ナギも頷いた。
言葉では説明できないが、実際にやってみれば分かるだろう、と思う。
「じゃあ、足のケガがなおったら、やろうね。約束ね」
どこまでも前向きで明るいヒロインが、ナギを見上げて笑った。
「……」
彼女のこの前向きさに、どれほど救われたことだろう。
黙り込んでしまったナギを、ヒロインが訝しげに見返す。
「ナギ?」
考える前に、勝手に体が動いて、そっと唇を重ねていた。
「ナギ兄、なんか食い物……」
不意に、厨房に入ってくるハヤテに気づいて我に返り、ヒロインから離れて片付けを再開する。
触れ合っていたのは、ほんの一瞬。
ヒロインがナギに一歩遅れてはっとし、ナギの横顔を見る。
その視線に、なんとも体がざわつく。
「…約束な」
続きは部屋に戻ってからにしようと目で答えると、ヒロインは頷いてナギの隣で皿洗いを始めるのだった。