標高1000付近では、今、桜が満開です。

昨日は、とても良い花見日和でした。

 

そんな春の景色を見ながら……。

あ、でも、ゴメン。

私の妄想するナギさんは、シンスキーヒロインを見守る男なのよね。

 

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「うわぁ~、まだ、桜がこんなに咲いているところがあったんですねっ」

嬉しそうな弾んだ声に、口許が緩む。

「高い山ほど、春の訪れは遅いからな……」

「あっ」

急にアイツが、足元を見て座り込む。

その目線の先には、小さなスミレの花が咲いていた。

 「このこだけ、道に咲いちゃったんだ…」

踏まれて枯れてしまうとでも、思ったんだろう。

でもオレは知っている。その花は、人に踏まれて枯れるほどやわな花じゃない。

踏まれようと、折れようと、強かに次の花を咲かせ、地下茎を張り巡らせ、群生していく。

見た目がどんなに弱そうでも、山で確実に生きている野草だ。

「…その花、食えるぞ。デザートの飾りに使うから、できるだけ摘め」

「え?」

驚いたように、アイツがオレを見た。

「咲いてる花だけ摘めばいい。心配しなくても、その花は摘まれたらすぐに新しい花を咲かせる」

「でも、なんだかもったいないです…」

そう言われて、愛おしそうに見下されたスミレは、嫌でも一人の男を思い起こさせる。

「……お前らが、毎日一緒に寝ている色だな。たくさん摘んで、自分を飾ってもシンは喜ぶぞ?」

途端に、何を思い出したのか、真っ赤になってオレを見上げたアイツ。

笑い返してやると、からかわれたのが分かったらしい。

「もうっ、ナギさんっ」

立ち上がって振り上げた華奢な拳を、難なくかわして、道の先へと進む。

アイツは、オレを追ってくる。

足元に咲いていた花の事など、忘れたように。

不意に。

ざぁぁぁぁっと、木々がざわめき、風が駆けた。

満開の桜が大きく揺れ、花びらが雪のように横凪に舞う。

アイツがその光景に立ち止まった。

「……きれい」

「……。」

景色に見とれるアイツの姿は、咲き誇る桜の花以上に綺麗で、自分の手の中に閉じ込めてしまいたい衝動に、拳を強く握りしめる。

ふとした瞬間に、思い知る未練がましい自分。

山の天気は、変わりやすい。

先程の風で、一気に青空が雲に覆われ始める。

「……いくぞ」

空気の匂いが変わっていく。

「あ、ナギさん、待って」

歩き始めたオレの後を、アイツが小走りに追いかけてくる。歩みを少し緩めると、追いついたアイツが横に並んだ。

「今の桜吹雪、キレイでしたねっ」

「……サクラフブキ?」

「あ、ヤマトでは、さっきみたいに桜の花びらが舞い散る光景を、桜吹雪と呼ぶんです」

「……そうか」

足元には、散った桜の花びらが延々と続いている。

「ナギさんと山菜採りに来て、すごくいいもの見れました」

嬉しそうな笑顔。

「……そうか」

その桜吹雪の中に立つオマエも、すごく綺麗だったとは、言えない。言ってはならない。

あの光景と、その瞬間にふと湧いた想いは、そっと胸の奥にしまうべきもの。

桜吹雪に魅了されたアイツは、足元に群生するスミレのことなど忘れて頭上の桜を見上げ、笑っている。

同じように頭上の桜を見上げると、枝の向こうで流れる雲。

空気に雨の匂いが混じってくる。

早く山を降りた方がいいだろう。

満開の桜に背を向けて歩く。

アイツの姿…その栗色の髪には、桜吹雪の名残。

「…おい」

呼び止めて、髪に混ざった花びらを指先で落としてやる。

「?」

「こんなに髪に花びらくっつけてたら、シンに変な誤解されるからな」

我ながら言い訳がましい。

「誤解?」

しかも、本人は何もわかってねぇ。

「…昼寝でもしてたと言われるぞ」

オレと二人で山菜採りに行くことに難色を示していたあの男は、本当は、もう少し違う、厄介な誤解をするだろう…確実に。

「あっ。ありがとうございます」

柔らかな髪から、桜吹雪の名残を全て払い落とす。

「……いくぞ」

指先に残った感触を握りしめて、オレは山道を下った。