
宗教ネタで新作製作中なのですが
久しぶりに聖書を読み返して、いい聖句ないかなーと探していて、
話の中では使えないセリフを思いついた(笑)
たぶん、恋海の世界、キリスト教はあるな、と。
シスターいるし、教会あるし。
シンさんとソウシさんは、
信仰をもったかどうかはともかく、
育った環境的に
聖書は読まされていることだろう、と。
というか
きっと聖書を読んでも、
神の話を聞かされても、
そこに救いや拠り所は見いだせなかったから
海賊になったんだろうな、と。
ソウシさんなんか、
実はすごく読み込んでいそう…とか
思ったりするのですが。
いや、キリスト教の方、すいません。
私も、聖書読んでもイマイチ信仰持てません。
結構読んでいるんですけどね。
世界を創った神様がいてもいいとは、思いますが。
そして、現在、その神様が
人間世界に手出ししないで見守っている理由も
はあ…なるほどね、とは思いますが。
なんというか自分は日本の神道の基本概念がいちばんしっくりくる…のは古典好きだからかな…。
あらゆるものに神が宿り
あらゆるところで神の力があふれている
良くも悪くも
預言者や御子を遣わして
救ってくれるただ一人の神、
という部分が、なんともひっかかるのよねー。
なんかそれって、遠くないですか? 神様。
隣にはいてくれないんですか? 神様…と。
そして、ある意味、ものすごく現実的ですけどね(笑)
確かに不思議な奇跡を待つより、できる人間が動いた方が早い。
動ける人が、さっさと動いた方がいいに決まっている。
「神様、この人を助けてください」と座り込んで祈るよりも
「この人が助かりますように」と祈りつつ自分のできることをした方が。
ちなみに私の持っている聖書ですが、
母親の形見だったりします。
余命宣告されてから
たぶん拠り所を求めて聖書も読んでみたのだろう母親ですが
結局、葬儀をキリスト教形式にしてほしいと言わなかった…
「生きたい」と
「まだ死ねない」と
何度も言って、何度も日記に書き残して
3月10日の夜病室で「お茶が終わりそうだから、明日、お茶持ってきて」と私に言っておきながら
3月11日の朝、結局、目覚めませんでした。
まあ…もう、遥か遠い、かれこれ四捨五入したら20年近く昔の話ですが。
そんな3月11日に、あの地震。
いろんな意味で、鎮魂の気分になるのは確かです。