定期的に、塀の向こうへ行った友人と文通してます。
古風だけど、通信手段はそれしかないから。
しかも、間に全部検閲が入るので、時差がかなりあります。
ネットの、瞬時に伝わる世界とは、対照的だね。
本日、その便りが届いて。
書かれたのは七月なんだけど。
たぶん、私が七月に書いた手紙も、今頃、向こうに届いているのかもしれないな…と。
当然、共通の話題なんてないんだけどね。
毎回考えることは多々あります。
思うことも。
なぜあのとき、というのはね、考えても仕方がない。
それでも、考えてしまう。
ただ
後ろを見てても、前にしかすすめない時間という現実に。
前を見るしかないんだけど。
彼女が書いた手紙を拒否せずに受け取っているのは、私だけです。
彼女の家族は、手紙も荷物も拒否して受け取りません。
そんな現実にふと、絆とか繋がりとか考えちゃうわけですが。
私が手紙を拒否しないのも、ただの偽善かもしれない、とか思うこと、ありますよ。
でもね、放っておけないのも事実。
手紙に私が書きこむイラストやミニマンガを楽しみにしてくれている彼女に
今度はどんなことを伝えようかと、届いた長い長い十数枚の手紙を読みながら考えるのは、嫌いじゃない。
ただね
被害者の方々には
あの時、彼女に気づいて、引き留めることができなくて、申し訳ない、とも思うのは、やっぱり事実です。
古風だけど、通信手段はそれしかないから。
しかも、間に全部検閲が入るので、時差がかなりあります。
ネットの、瞬時に伝わる世界とは、対照的だね。
本日、その便りが届いて。
書かれたのは七月なんだけど。
たぶん、私が七月に書いた手紙も、今頃、向こうに届いているのかもしれないな…と。
当然、共通の話題なんてないんだけどね。
毎回考えることは多々あります。
思うことも。
なぜあのとき、というのはね、考えても仕方がない。
それでも、考えてしまう。
ただ
後ろを見てても、前にしかすすめない時間という現実に。
前を見るしかないんだけど。
彼女が書いた手紙を拒否せずに受け取っているのは、私だけです。
彼女の家族は、手紙も荷物も拒否して受け取りません。
そんな現実にふと、絆とか繋がりとか考えちゃうわけですが。
私が手紙を拒否しないのも、ただの偽善かもしれない、とか思うこと、ありますよ。
でもね、放っておけないのも事実。
手紙に私が書きこむイラストやミニマンガを楽しみにしてくれている彼女に
今度はどんなことを伝えようかと、届いた長い長い十数枚の手紙を読みながら考えるのは、嫌いじゃない。
ただね
被害者の方々には
あの時、彼女に気づいて、引き留めることができなくて、申し訳ない、とも思うのは、やっぱり事実です。