東北沖地震が起きてから今日まで
私に起きた事実と想いを
ひたすらに綴ります。
あの日、
私は夜にパーティーをする予定があって
笹塚のタイワハウスで準備をしていた。
夜の打ち合わせをしたり、
スタッフと連絡を密にとりあったり、
人の流れや、ものの配置を確認していた。
そんなことをしながら過ごしていると、
部屋の扉がガタガタいい始めた。
丁度、管理人さんが長机を拭いていたから、
「もうー、そんな大げさにふかないでよー
どんだけ張り切ってんのー!」
と、笑いあった矢先、
突然部屋そのものが、
大きく横に揺れた。
本棚が倒れる。
部屋のラックが揺れる。
外を見たら、電線が波打っている。
「どうしよう」
この言葉がずっと木霊した。
怖すぎて、
若干混乱。
私は幸運にも大人三人と一緒で、
しかもそのうちの一人が阪神淡路大震災の経験者だったため
その人に促されるが侭に外に出た。
商店街の大きな看板や
等間隔に並んだ電柱が揺れる。
道路脇に止まった車たち。
商店街の人たちがたくさん外に出ている。
そのまま
5分間くらい外に居たのかな。
とっても長く感じた。
下の電機屋さんのテレビに少しずつ人が集まりだした。
その時に「東北で地震が起きた」という事実は理解した。
お世話になった
アンソニーやてるちゃん、のびすけやぱるき
ちょび、たのすけ、
カフェ会場の人たちの顔がよぎった。
少したって部屋に戻り、
荷物をまとめた。
余震の度に怖くて外に出た。
今日のパーティーは無理だと悟った。
少しして、携帯を手に取った。
全く電話が繋がらない。
twitterのタイムラインがものすごい早さで更新されていた。
でも、全く情報が頭に入らない。
また余震。
外に出た。
降りると、
下の電機屋さんのテレビに人だかりが。
テレビで信じられない光景が映し出されている。
建物が水につかっている。
船や車、家が流れている。
「は?」
私は、空を見あげた。
真っ暗な雲が覆っていた。
「怖い。」
何かをしていないと、
動いてないとこの感情に襲われる。
お化け屋敷とかホラー映画の怖さじゃない。
なんだか身の危険を感じ続ける恐怖。
ジャングルの中に居るような
いつ、食べられるか分からない動物のような
そんな精神状態。
落ち着いてもどこか怖くて、
混乱した。
何が起きているのか、
何が起きようとしているのか、
想像もできない自体。
先が見えない。
揺れても居ないのに、揺れてるような
気持ち悪さ。
初めての感覚だった。
傍に居てくれる人だけがたよりだった。
10ヶ月のひかりちゃんに癒されてた。

その日は家には帰らず、
管理人さんの提案により、
パーティー会場を避難場所として開放した。
食料は、
つくっておいたタンドリーチキンと
チリビーンズを分け合ったり
そこに居た人たちがパン屋さんや開いていたスーパーで
必要なものを買ってきてくれた。

夕方くらいになると
帰宅難民になってしまった社会人の方が多くいらっしゃり、
浅草、新宿、新橋など、
いろいろなところから人が集まって地震について話したり、
身体を休めた。

携帯が復活すると、私にも
高校時代の同級生(武蔵)から連絡があった。
渋谷に居ると言われ、この場所を紹介し、歩いてやってきた。
着いてしばらくすると
彼も安心しているみたいでほっとした。

深夜には最寄り駅の電車が動きだした。
それで帰宅した人も数名ほど。
不意に見るtwitterやmixiは地震一色。
誤報や無責任ツイート
困惑や疲労のつぶやきが増殖。
見るだけなのに、気持ちが疲れた。
mixiで翌日の卒業式は延期になったことを知った。
深夜になっても、
何かしらにずっとドキドキして
全く眠ることができなかった。
12日の朝が来た。
ほとんど初めましての皆さんと、
「いただきます」をして朝ご飯をたべた。
なんだかほっこり*

お昼になる前、寝るために一度家に戻った。
お昼前、一本の電話をとる。
山口の原発廃止の活動家(らんぼう)からだった。
「東京危ないぞ
福島の原発が爆発しそうやから」
一瞬で目が覚めた。
私は、何度も聞き直した。
難しい言葉だったけど、
ヤバいということはしっかりと伝わった。
「怖い」
次は昨日と少し違った「怖い」がわいてきた。
でも、どうしていいか分からなかった。
なにに恐れているのか、分からないため、
同居人にうまく説明できず、
全く伝えることができなかった。
メディアで報じていない現地情報が
たくさんRTされはじめ、
どんどん真実が私の中に入り始める。
つぶやきというよりは、悲鳴だった。
どんどんツイッターのつぶやきが私を支配した。
見たくないのに見てしまう。
気にしたくないのに気にしてしまう。
まるで、元カレのような存在。(w)
居ても立っても居られず、
急いでバックパックに荷物を詰めた。
ペットボトルに水をためた。
夕方買い物に出かけたが、
買えるものは何も残っていなかった。
とりあえずりんごと水を買った。
夜になって、
「怖い」という感情からイライラしたのか、
同居人と口論になり家を飛び出した。
私は心がとってもとっても狭かった。
同居人も、いっぱいいっぱいだった。
被災地の人のことを考えるというより、
自分のことでまだまだ精一杯。
私の周囲ではもういち早く動き出している人たちが居たけど、
それどころではなかった。
自分にできることはないか、
と考えている友人もいた。
だけど私は、自分を保つために
他人を傷つけることでしか自分を認識できなかった。
いざ、家を飛び出すと心細くなった。
なのに、
家には帰りたくない。
家には頼れる人がいない。
自分で頼れる人を傷つけて自分から離れた。
不甲斐なさとやるせなさと
イライラと
寂しさが一気にこみ上げてきた。
一人じゃ何もできなくなっていた。
独りの辛さを経験しつつ、千葉の家に向かう。
千葉には私のことを迎えてくれる家があったから。
今この人たちとその空間に居たい。
そうおもって、向かった。
心のどこかで同居人が気になった。
人と居ることの大切さを痛感した。
その日は千葉の家族にお世話になった。