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心理コンサルタントの白瀧です。
さて、またまた愚かな行為が繰り返されました。
それは、全国大会への出場暦もある、とある関西の高校のハンドボール部でのこと。
同校の関係者によると、それは、昨年春に京都府内で合宿をした際に起こりました。
食事の準備を巡り、一部の部員がミスを犯したのです。
この際、複数の部員らがスマートフォンでカメラを構える中で、部の顧問が中心となって部員2人をシャワー室に座らせ、バリカンで頭を刈ったのです。
言わば、罰として丸刈りを強要したわけです。
この顧問は、別の場でも、部員に暴言を吐いたほか、頭を叩いたり尻を蹴ったりするなどの体罰を加えたこともありました。
このことは、ある保護者が学校に抗議したことによって発覚し、顧問は、丸刈りの強要や暴言、体罰などを認めた上で、口頭で謝罪した、ということです。
また、学校側は、顧問に口頭で厳重注意し、改善がみられたとして、現在も部の指導を続けさせている、ということです。
何とも愚かな行為です。
体罰は、その場では相手の行動を改めさせることができるかもしれませんが、根本的に変えることはできません。
むしろ、体罰を加える者の見えないところで、悪いことを繰り返すようになる可能性があります。
恐怖による支配は、人を変容させることはできないのです。
せいぜい、面従腹背の人間ばかりを生み出すことになってしまいます。
そもそも、顧問などが部員などに体罰を加えるのは、自分の能力に自信がないことの証拠です。
つまり、自分には口頭によって指導する能力がない、と無意識に思い込んでいるのです。
そのために、体罰を加えて言うことを聞かせようとするわけです。
しかし、先にも示した通り、体罰は、一時的には相手を変えることはできますが、根本的には相手を変えることができません。
むしろ、体罰を加えられた者は、その劣等感を別な方法によって穴埋めするようになるでしょう。
よくあるのが、体罰を加えた相手を陰でバカにするという方法です。
そうして、一時的な優越感に浸って、自らの劣等感を補おうとするのです。
それゆえ、体罰では、人を変えることができないのです。
体罰をして相手が言うことを聞いていると勘違いをしているのは、体罰を加えている本人だけなのです。
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