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ふくばです。
人は、幸せになりたいとか、成功したいとか、どうして思うのでしょうか?
いや、私はすでに幸せなので、幸せになりたいなんて思わないとこたえたとしても、幸せを目指していたことを無意識的に言っているわけであり、幸せという概念にとらわれている(反応)こと自体が、すでに幸せになりたいという人それぞれのバリエーションの動きのひとつなのです。
それは、突然、すべての地位も名誉も捨てた人でさえ、この動きがみられるのです。
人は、日々何か、自己を向上させようとしていたり、人から良い(主観的なプラスの方向)ように思われたいとしてみたりするのは、どうしてだろうか?
アドラーは、これを劣等感があるからだと解釈をしました。
ゲシュタルト心理的に言えば、心理的ホメオスターシスというものです。
有機体自体が欲求を充足する過程だといえるのです。つまり、平衡になろうとする力というのでしょうか。
すべての人は劣等感があるということです。
しかし、ここでいう”劣等感”とは、一般に日常で使う”コンプレックス”のことではありません。
たとえるなら
眠れないとき、眠ろうとします。
眠ろうとすれば、するほど目が覚めて、眠れないという経験はないでしょうか?
あるいは、その逆、
たとえば、授業中など、眠てはいけない場面で、眠むるな、眠るなと念じれば念じるほど
眠くなる経験はないでしょうか?
前者は、(無意識的に)眠くないと分かっているわけです。
後者は、(無意識的に)眠いと分かっているわけです。
それに似たような現象なのです。
参考記事:自己を超越する。
しかし、すべての人に劣等感があるが、すべての人が、自己の評価が低いわけではないのです。
劣等感は、幸せになりたい、成功したい、うまくやりたい、良くなりたいという、ある意味、(無意識的にも、意識的にも)向上心の中に隠れたものである。
自己評価は、物事に対して、その人の態度(思考、行動、感情)として(無意識的にも、意識的にも)現れるものなのです。
参考記事:幸せになるための意識の使い方
つまり、人の様々な問題は、自己評価が低いことによるもので、、自己の歪を、思考、行動、感情を使って、(内界、外界に)うまく適用させようと小細工をするために起こるというわけです。
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