友人と一緒に三軒茶屋の町を写真を撮りながら歩いていた時のこと。
しゃがんでタバコを吸っている若い男の子に遭遇し友人が撮ってもいいかと声をかけて、3人でおしゃべりをしながら撮影。
私の友人がドイツ人だったことから、彼は彼の父がドイツに転勤で行っていたこともあり自分もドイツに行きたいのだと話してくれた。
19歳の少年は美容師の専門学校に行っているとのこと。
やりたいことが何にもないという。
頭がいいわけでもないし、と。
美容師の学校も全然興味がないのに行っているという。
お先真っ暗だ、と。
今にして思うと、私はいつの間にかめちゃめちゃヒートアップしてしまっていた
「頭の良し悪しなんて関係ない!」
「誰でもみんな必ず何かしら得意なことがある!」
「まだ自分で気づいてないだけ!」
「自分の得意なことは必ずどこかで誰かと合致する!」
「私は今53歳だけど写真を撮り始めたのは35歳からだよ!最近になってポツポツ人に撮って欲しいと頼まれたり、小さいけれどグループ展でお客さんの投票で1位になったりするようになった!君はまだ19歳でしょーー!」
「すごい希望になる」と彼
「外国に行きたいの!?」と私
それまでの短い時間の会話の中でもすでに彼は何度も外国に生きたと言っていたのだ。
「めっちゃ行きたい!!」と彼
「じゃあ行こう!!」私
「お金が。。。」
「バイトは?」
「やめたばかりで。。。」
「またやる予定は?」
「ある」
「学校はあとどれくらいの期間行くの?」
「一年」
「じゃあ、あと一年バイト頑張って外国行くお金貯めて、その間に髪切れるようになって、向こうに行ってお金なくなったら『髪切るから飯食わして』とかしたっていいじゃん」
「そんなのできるのかな」
「できるよ!」
「何もやることがないなんて、あるじゃん!『外国に行きたい』っていうのが!」これを言った時に、彼の目が変わったように感じた。
「まだ若いんだから、今やりたいことが別にすぐに将来の仕事とかに直結しなくたっていいよ。海外に行ったら行った先で何か他にやりたいことがが見つかるかもしれない。旅先で出会う人から何か刺激をもらったりするかもしれない。そういう話を聞いたことがあるよ」
「東南アジアとかも行きたい」と彼
「いいね!東南アジアのどこに行きたいの?」
「タイとかフィリピンとか」
「行こうよ!」
私の話だけでなく友人が、日本に初めて来た時の所持金が20万円でそれからずっと日本に住んでいるという話も彼の背中を押す力になったようだった。
雨が少し強くなってきたこともあり、その場を離れることに。
まだ写真を撮るにの三茶に残る私たちと、駅へ向かう彼はそこで別れたのだが、雨が強くなってきたので彼は走り出した。走りながらも彼はこっちを向いて「ありがとう!絶対忘れない!」と言って去っていった。
私こそ彼のこの言葉を絶対に忘れないだろう。
私の中でも何かが変わったように感じた瞬間だったから。
ただね、ショックだったのは、19歳の若い男の子が「お先真っ暗」「何もやりたいことがない」「頭も良くないし」と言ったことだった。
彼だけではないのだろうと思うと、悲しい気持ちになった。
戦後の画一化された教育の弊害を思った。
アメリカに都合のいいロボットを作るための教育が見事にハマってしまっている。でも人間は本物のロボットにはなれない。感情まではコントロールできないからこそ、本来のその人らしさを抑え込まれてみんな苦しんでいる。だから日本人は自殺者の数が多いんだよね。
19歳の少年がこれからの自分の人生をしっかり歩んでいけますように。
撮らせてもらった写真を送るのに彼とインスタで繋がらせてもらったのだが、彼からのメッセージのスクショがこちら。