BCGとコッホ現象 | キッズクリニック ブログ

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小児科学、特に小児心臓病学を専門に大学教授としての経験を積んだ後、名誉教授になってから、自分の教え子の小児科診療所で子どもを診ています。
こどものことを中心にいろいろ書いていこうと思っていますので、よろしければお付き合いください。

【一口知識】BCGは結核予防のワクチンです。
BCGへのアレルギー反応であるコッホ現象に注意することは大切なことです。
(毎年9月24〜30日は「結核予防週間」です)(注1)

 

結核は最近まで日本の国民病の一つでした。初期症状は風邪に似ていて「咳が止まらない」症状があり、感染が長引くと「血の混ざった痰を吐く」というもので、本人が気づいた時には、病気が進んでいるという困った病気です。

以前の治療法は、気候が良くて風通しの良いところで安静にして栄養をつけることだけでした。治療薬のある現代でも、日本は結核の中程度の蔓延(まんえん)国とされています。(注2)それでも多くの感染者は高齢者で、小児の結核感染は少ないので少し安心ですね。

幕末から明治にかけて、多くの前途のある若者が結核(当時は労咳と呼ばれていました)によって命を奪われてきました。幕末の新撰組の沖田総司、町人やお百姓を主体にした奇兵隊を作って幕府軍と戦った長州(山口県)の高杉晋作、死ぬ間際まで結核性の脊椎カリエスの痛みで苦しみながら現代の俳句を創ってきた正岡子規らです。五千円札に載っている樋口一葉は24歳で、歌集「一握の砂」でよく知られた石川啄木も27歳で、結核によって亡くなっています。

結核の予防は日本におけるもっとも重要な政策の一つでした。それがBCGワクチン接種だったわけです。

BCGの名前はワクチンを開発したフランス人の名前(Calmette-Guerin)の頭文字をとったものです。(BはBacill つまり「菌」)BCGワクチンは牛に感染する結核菌を弱毒化したもので、生ワクチンです。これをヒトに接種して結核を発症しないで、結核に対する免疫を作らせて(メモリーT細胞に記憶させる)結核を予防するわけです。これは、とくに小児に効果があるようです。小児結核は全身感染となり重症になることが多いので、これを予防できるのは素晴らしいことですね。

実際の接種は、赤ちゃんの肩の筋肉(三角筋)の下の少し低くなっている皮膚に、BCGを塗って「菅針」(注3)を押して接種します。(この部分でないとケロイドの瘢痕が大きくなることがあります)九つの針のある「菅針」を皮膚に上下2回押して刺すわけです。

BCG接種にはいくつかの問題点がありました。そのうち一番大きなものはBCG接種をすると、ツベルクリン反応検査(ツ反)が陽性(BCG陽転と言います)になるので、本当の結核になってしまったときの診断が難しくなることです。そのため、2005年(平成17年)までは、BCG接種の前にツ反をおこなって、48時間後にツ反が陰性であること(つまり、結核感染はないこと)を確認してからBCGワクチンを打つことになっていました。ツ反は、現在でも結核診断の最も信頼できる検査の一つです。

しかし、世間に結核が少なくなって小児が結核に罹患する機会が少なくなったこともあり、2005年(平成17年)にはツ反をしないでBCGワクチンを生後3ヶ月以降6ヶ月未満で打てるようになりました。その後、2013年(平成25年)に結核予防法が改正されて、接種時期が少し遅くなり、生後5ヶ月以降8ヶ月未満になり、現在まで続いています。

ツ反の替わりになっているのが、お母様に「コッホ現象を見ていただく」ことです。赤ちゃんがすでに結核(または結核に似た菌)に感染していて結核菌に対する抗体を持っていると、アレルギー反応でBCG接種箇所に接種後10日以内(多くは3日以内)に発赤、化膿が起きてしまうことを「コッホ現象」と言います。本当にBCG接種がつくのは3〜4週間後ですので10日以内でつくことはありえません。つまり、「コッホ現象」が見られたときは、赤ちゃんが結核に罹患している可能性が高いわけです。確認のために、接種後2週間以内にツ反検査を受ける必要があります。「コッホ現象」と考えられるかどうか不安な場合は、小児科医に見てもらって下さい。

BCG接種のもう一つの問題点に、稀ですがBCG骨炎・骨髄炎の発生があります。上で述べたようにBCGワクチンは生ワクチンです。生きているワクチンなのでBCGが骨炎・骨髄炎を起こしてしまうことが稀にあることがわかってきました。

日本中でも1年に10名未満という稀な出来事ですが、心配ですね。このBCG骨炎・骨髄炎は、3ヶ月未満の赤ちゃんにとくに起こりやすいことがわかっています。また、BCG骨炎・骨髄炎を起こしている家系に起こりやすいことも分かっています。現在は5ヶ月以降で接種することになっていますから、とても稀になっています。

特定の年齢の国民全員に対してはBCGを打つことにはなっていない国があります。米国、カナダ、フランスなどです。これらの国では、長期の微熱があってツ反が陽性であると、(本当はBCG陽転であっても)結核と誤って診断されることが多いのです。このため、入学・入社などを拒否されることがあるので、外国へ行く方は要注意です。この場合は、積極的に胸部X線検査などをうけて、肺結核ではないことを証明することが必要です。

注1:結核予防週間
【参照】公益財団法人結核予防会|結核予防週間

注2:日本は結核の中蔓延(まんえん)国、10万人に18.2人 毎年あらたに1万8千人くらいの患者さんが発生しているが、小児の患者は少なく、高齢者の発症が大部分である。
【参照】結核とBCGワクチンに関するQ & A

注3:菅針は九本の針が付いたスタンプのようなものです。


キッズクリニック 院長 柳川 幸重