ポリオワクチン(生ワクチンと不活化ワクチン) | キッズクリニック ブログ

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小児科学、特に小児心臓病学を専門に大学教授としての経験を積んだ後、名誉教授になってから、自分の教え子の小児科診療所で子どもを診ています。
こどものことを中心にいろいろ書いていこうと思っていますので、よろしければお付き合いください。

ポリオウイルスは小児麻痺の原因として、とても恐れられていたことを知っていますか?

 

現在使われているポリオワクチンは注射の不活化ワクチンですが、9年前(平成24年(2012))までは生ワクチンが経口投与されていたのをご存知でしょうか?

ワクチン接種のおかげで、ポリオに罹患して「小児麻痺」になってしまった子どもを身近に見ることは無くなりましたが、ワクチンができるまではポリオはとても恐れられていた怖い病気でした。

「小児麻痺」という言葉は聞いたことがある方が多いかもしれませんね。

ポリオウイルスに感染すると、ウイルスは咽頭や腸管内で増殖します。稀ですが、このウイルスは血液に入り、脊髄前角細胞という手足を動かすための命令を出す運動神経細胞に障害を残します。この結果、手足が動かなくなる、つまり小児麻痺になってしまいます。片方の足だけの場合も、両足、両手のこともあります。もし呼吸するのに必要な筋肉(呼吸筋)が麻痺すると、人工呼吸器をつけないと生きていけないという恐ろしい状態になります。

もっとも怖いところは、この「麻痺」に対しては、原因治療ができないことです。つまり、麻痺は生涯続くことになります。リハビリテーションだけが治療になります。

夏に流行することの多いこのポリオウイルスは腸管内で増殖しますが、感染した全ての人に麻痺を起こすわけではありません。麻痺になる人は感染者全体の0.1%程度であると言われています。症状が出る確率が低いのは喜ばしいことですが、逆に言うと、ほとんどの感染者はウイルスを腸管内に持ったまま普通の生活を続けるわけです。これは、ポリオウイルスを拡散させることになります。つまりポリオにかかる人の数は増えることになり、この結果成人の感染も見られるようになります

このポリオを予防することのできるソーク(Salk)ワクチンが1953年に初めて作られ、その後、WHOにセイビンI(Sabin)ワクチンがより安全であるとされ、初めはソ連で使われ始められました。このワクチンは生ワクチンであり、経口投与されるものです。日本における大流行は昭和35年(1960)で、ポリオ患者の数が五千人を超えた時です。北海道で大流行がありましたが、米国でも流行があったために米国からのワクチンの輸入が止まってしまったことがありました。かかってしまったら治療方法のない小児麻痺が流行しているにもかかわらず、予防するワクチンの輸入も不十分になったことは大変なことでした。1961年の春には九州で流行がはじまり、6月初旬には800人を超える患者さんが出てしまいました。国産ワクチンの製造も不十分であり、生ワクチンの信頼性も不十分でした。しかし、急増するポリオ患者数に対して、当時の古井厚生大臣が「責任は全て私にある」と談話で話し、カナダとソ連から緊急輸入が開始されました。

この決断で輸入された生ワクチンの全国一斉接種の効果は劇的であり、ポリオ届出者数は5,606名から100分の1に近い63名(次の年は20名)に減少しました。

この素晴らしい効果をもつ生ワクチンにも心配なことがありました。
生ワクチンは弱毒化して麻痺を起こさないようにしたウイルスですが、稀ですが、麻痺をおこしてしまうことがあることです。また、ワクチンを飲んだ子の腸管から糞便に排出されたウイルスが友達の口に入ると、その子が生ワクチンに「感染」することになります。弱毒のままでしたら、その子にも免疫ができてくれるので良いことなのですが、これを繰り返すうちに「先祖返りして」麻痺を起こしてしまうウイルスに変化してしまって、感染を起こすことがある、ということです。

多数の自然(野生株)ポリオが感染を起こしている時代には、多くの子供を救うためにはこれは仕方がないことであると思われていましたが、野生株ポリオがほとんどなくなると、この副作用が問題になってきました。

この結果新しく作られたのが、不活化ポリオワクチンです。「生」つまり弱毒化しているが感染力のあるウイルスではなく、完全に「不活化」つまり人に感染させることのないワクチンが作られるようになりました。これは、生ワクチンのように経口投与ではなく、注射になりました。少し前まで、この不活化ワクチンは単独で投与されていましたが、現在は従来の三種混合ワクチンに加えて、四種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ:DPTP)として使われています

我が国では1980年に野生株ポリオ感染が確認されて以降、野生株ポリオは見られていないので安心して良いですが、まだポリオの流行のある国が世界にはあることを忘れてはなりません。しかも、上に述べたように本人には症状がないのに腸管にはポリオウイルスを持っていることがあるので、日本にもポリオウイルスが入ってくることは十分あり得ます。したがって、現在でも大切であり必要なワクチンということです。


キッズクリニック 院長 柳川 幸重