「酒を飲んでいるのか?」
私は高校3年生の時に
医者から言われました。
肝臓の数値が悪い・・・
肝炎一歩手前だと。
これにより私はとても怠かったようです。
睡眠時間を増やし、暴食をやめ
少しずつ体調は良くなっていきました。
しかし受験は目の前。
待ってくれません。
センター試験も受けました。
英語の70/200 点 で偏差値が32でした。
担任の先生から
「関西学院大は絶対受からないから受けないほうがいい」
といわれ、又自分でもそう感じていたので受けることすらしないで
近畿大学
龍谷大学
関西大学
そして滑り止め大学(忘れました)
を2学部(商学部・経済学部)うけ
見事に全て不合格。
私の家は裕福ではなかったので
通えるところ
浪人はさせられない。
というのが条件でしたが
見事に浪人が決定しました。
父親からは
バカだとか ○○君はどうだったんだ?とか
散々言われました。
まあ自分が悪いので腹は立ちましたが
何も言い返せませんでした。
もう働こう・・・
そう思いました。
「俺は学歴とかきにせんし、働くわ。」
私は母親にそう伝えました。
すると母親がこういいました。
「私も学歴は気にしないし、仕事ができるできないに学歴は関係ないと思う・・けど
高卒であんたがいくら頑張っても、『どこ出られたんですか?』って聞くやつがいる
そのときに『高卒です』
って言った瞬間に
『ああ~(笑)』といって下に見るやつがこの世の中にたくさんおる。
仕事できるできないをみずに学歴を見るやつが多い。
学歴関係ないっていうなら、学歴を取ってから関係ないっていわないとただの負け犬の遠吠え
だから一年死ぬ気でやりなさい」
そう言われました。
たぶん私が逃げで「学歴なんて気にしない、働く」といったこと見抜いたのでしょう。
あと母親から
「大学に行ったらいろんな人と、多くの時間が貰える、だから大学に行って人脈といろんな経験をしてきなさい
60万なんとかする だから予備校にいきなさい」
私は浪人しチャレンジしなきゃいけなくなりました。
頑張る!そう誓ったのですが
まあダメ人間でしたので
勉強は予備校が始まる4月から頑張ればいいかと
3月に一回スキーに言った覚えがあります。
甘いですね!
激甘ですね。
今目の前に高校3年生の自分がいたらぶんなぐっているかもしれません。
すると3月に電話がありました
関西学院大学の相撲部からでした
「受験どうでしたか?」
私はとっさに
「ダメでした・・・・」
といい、浪人するから来年こそ受かっていきます!
と伝えて電話をきりました。
ダメでした・・・って
受けてすらいない・・・・
なんか自分がとてつもなくダサくなさけなく感じてきました。
今度こそ受かろう!
そう誓い浪人時代が始まります。
続く