キドラの憂鬱と微笑 -7ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

「終戦記念日」という

曖昧さを残す言葉で

日本の敗戦をごまかしてきた為に

ふりかえり、反省すべき

日本の侵略性は

今やなかった事になってしまいました。

ふりかえり、反省しなかったから

そこから獲得し創造できたものは

何もなかったのだと思います。

抑圧され弾圧され

侵略戦争に加担させられた日本人、

という捉え方は

1つには真実であります。

でも、

抑圧し、差別し、

侵略の土壌を自ら作っていった日本人、

という側面もあります。

後者の考え方は

敗戦後74年間の半分くらいの時期までは

多少はあったと思います。

1965年の「日韓条約」反対闘争には

そんな考え方が含まれていました。

全共闘の頃から70年代くらいまでの

「自己否定論」の中にも

抑圧者、差別者であり続ける事への

アンチの考え方があったように思います。

しかしそれは70年代から先細りしていき

雲散霧消してしまいました。

ということは、

日本人は抑圧者、差別者で

あり続けているという事です。

国内におけるヘイトクライムもしかり、

そればかりか

「平和の少女像」に対する

日本人の憎悪、

(日本人とするのは

 日本人の選んだ為政者が

 こぞって憎悪しているからです。

 代表格は大阪の維新の政治家達、

 先日の

 名古屋の表現の不自由展の中止の

 発信元も大阪市長らしいのです、

 前市長は平和の少女像の設置の件で

 サンフランシスコとの姉妹都市を

 一方的に破棄しています)

その他に例えば

徴用工判決に対する

知識人、メディアの発言、報道。

反対闘争があろうが

条約として為政者同士で決めてしまえば

「国際法上」などとしたり顔で言う

知識人の発言、メディアの報道。

知識人として、メディアとして

何を掘り下げたいのか?

権力に追従したいだけのようにしか

ぼくには見えません。

こうしてあの戦争から

抑圧、差別、侵略の側面を

ふりかえり、反省しない事は、

それらの事実を

歴史からなかった事にしてしまう

傾向があります。

南京大虐殺をなかった事にし、

関東大震災の朝鮮人、中国人虐殺を

なかった事にし、

従軍慰安婦をなかった事にし

果ては日本は侵略はしていない事に

してしまうのです。


反省を口にするのは

天皇だけで、

国民の総意は敗戦をごまかして、

侵略戦争には知らんぷりというものです。

歴史的な皮肉でしかありません。


論理矛盾も強引に主張すればまかり通る、

このアベコベ日本社会に

自分自身の感性も破壊されそうです!