あまり好きではありません。
「イヌエイチケー」みたいな言葉も。
自分で使っていた事もあるのですが、
やはり良くないと
今は思っています。
本質は言い当てているとは思います。
「マスゴミ」は
メディアがゴミ屑のような
報道をする事を
批判的に言い表した言葉なのでしょう。
確かに言えます。言えますが
そのメディアを支えているのは
自分を含めた多数の大衆なのです。
その一番重要な側面を
「マスゴミ」という言葉は
隠してしまうような気がします。
「イヌエイチケー」「犬HK」
という言葉も
NHKの報道が
権力の犬となっている事への
批判なのでしょう。
しかも、
大衆から金を巻き上げて、
という事になるのでしょう。
イヤイヤ、権力の手先になっているのは
NHKだけですか?という事です。
今や全てのマスメディアが
権力の広報担当でしかありません。
その事を
「イヌエイチケー」という言葉は
隠してしまいます。
民放も
同じように批判されるべきなのです。
しかもその資金調達は
NHKよりも巧妙なのです。
NHKが強引な押売り的資金調達とすれば
(受信料)
民放は実に巧みな詐欺的資金調達と
言えます。
広告代理店、企業と結託した
大衆からの巻き上げ詐欺です。
一般に
商品の5〜20%が
広告宣伝費と言われています。
100円の商品なら5〜20円が
広告宣伝費なのです。
それを消費者が商品代に乗せて支払い、
(消費税並か消費税以上)
電通、博報堂などの広告代理店が
企業から回収し、
マスメディアなど媒体企業に分配します。
それがその媒体企業の受信料になります。
紙媒体とかネットとか色々あるけど
めんどくさいので省きます。
少なくとも受信料は
スポンサーの商品代として
消費者が支払っているのです。
しかも
消費者には
それとはわからないように。
これは立派な
詐欺行為ではないでしょうか?
そのような意味でも
「イヌエイチケー」という言葉は
逆の側面で
この民放側の
詐欺行為を隠蔽してしまいます。
さて、
マスコミというのはそのような意味で、
信用してはいけないのです。
特にワイドショーを含めた
報道系の番組は疑いながら
視聴した方が良いのです。
ただ他方
マスコミの内情について
詳しいわけではありませんが、
ドラマやドキュメンタリー系の番組は
制作会社に発注し
本体の制約をいくぶん
免れているように感じます。
実は報道系の番組も
記者によるのだと思います。
相沢冬樹さんという方は
NHKの元記者で
森友学園のスクープを取材しましたが
その報道の直後に
閑職に追いやられる通達を受け
自ら辞職し現在は
大阪日日新聞の論説委員をされています。
権力に忖度した人事とも言われていますが
報道弾圧と見るべきではないか?と
ぼくは思います。
それをNHKという報道機関は
権力と同化して一記者を守れなかった、
視聴者という大衆も
同じように一報道記者を守れなかった、
という事です。
別に
大阪日日新聞を悪く言うつもりは
全くありません。
むしろ記者を守りきった
唯一の存在と言えると思います。
相沢冬樹さんの講演を
以前聞いた事があるのですが、
言外にNHK内部にも
まだまだお仲間がいると
言ってるいるように感じました。
大手メディアの中の
骨のある記者達を守るのは
ぼくたち視聴者であるのだと思います。
「マスゴミ」「イヌエイチケー」
のような一派一絡げ的言葉では
一握りの気骨あるメディア人を
守れないのではと思うのです。
少し話題は変わるのですが
4〜6月クールのドラマを見て
ゲイを取り上げているドラマが
多くある事に良い意味で
ビックリしました。
2018年4〜6月クールで
朝日系列の「おっさんずラブ」がヒットし
この夏劇場版も公開されるようですが、
その二匹目のドジョウを狙った感も
あります。
しかし、
その「おっさんずラブ」放送終了後
時期的にはそうなると思うのですが、
現在、自民党議員の
「LGBTは生産性がない」という記事が
掲載されて、
すったもんだの末
掲載誌が廃刊になるという事がありました。
今年の4〜6月クールの企画は
その頃打ち出されたものでは
ないでしょうか?
ぼくの知る限りでは、
「俺のスカートどこ行った」(日テレ系)
「昨日何食べた?」(テレビ東京系)
「腐女子、うっかりゲイに告る」(NHK)
NHKは民放と1クールの感じが違いますが
こんな感じです。
「G」ばかりというところは
「おっさんずラブ」二匹目ドジョウ感は
拭えませんが、
でも、生産性などという
鼻くそみたいな物差しでは測れんぞ
というような意気込みは
感じました。
特にNHKの「腐女子〜」は
感動的で作品としても優れていました。
で思うのですが、
日テレ系と言えば
読売系です。
いわば自民党のお膝元。
そんな場所で
「俺スカ」の企画がよくも通ったなぁ、と。
報道部記者の方で
性的マイノリティーを取り上げていた
自身ゲイの方が
スタッフにおられたとの事。
様々に企画を通すために
努力された方々がおられたのだと
想像します。
その報道部の方が
ドラマ部門に回されたのか、
この時だけの協力的な人事なのかは
わかりません。
企画を通すまでには
色々な努力は必要でしょうが、
ドラマ部門は
まだ自由度は高いのではないでしょか?
マスコミをゴミだと断定するのではなく
マスコミを我々の手に取り戻す為に
民衆の手に取り戻す為に
ドラマもよく読み取る事が
必要なのです。