キドラの憂鬱と微笑 -5ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

正直、

今クールに

興味をそそるドラマはなかったな。

面白いなと思うのは、

これだけ露骨な

嫌韓、反韓キャンペーンを報道しながら

韓国発ドラマの

リメーク版が随分多かった事ですね。

ドラマとしての面白さはありました。

くだらない嫌韓反韓ブームにのって

子供たちのスポーツ交流にも

影響させるよりは

テレビ界の

このブームはまだマシだと思いました。


民放のクールとは違うけど

NHKの

連続テレビ小説いわゆる朝ドラの

100回記念という「なつぞら」も

終了しました。

脚色があり

本来複数だった人が

1人の登場人物に集約して

表現されていましたが

アニメーションの流れが

よく表されていました。

出てくるアニメーションが

何かを考えるのも楽しかったのですし

タイトルも面白かった。


しかし、

北海道出身者のぼくとしては、

「開拓」という言葉には

どうもすんなり馴染めませんでした。

ドラマで「開拓」と出てくると

ウッと感じていました。

北海道出身者でもそんな人は

少ないのかもしれませんが…

「なつぞら」の中における

高校演劇の話は

おそらく「アイヌ民話」がベースと思うし

登場人物の中にも

アイヌとおぼしき登場人物が出てきます。

しかし、

「北海道開拓」とは

アイヌの地を侵略し

植民地化した事でしかありません。

今はわかりませんが、

ぼく世代の北海道人は

青森以南を

「内地」と日常的に言っていました。

ここは植民地だと内心は

思っていたんじゃないか?

少なくとも無意識には

そう感じていたのだと思います。

酷寒の荒地に

半分騙されて「開拓」に連れてこられ、

牧場、農地にしていったわけですが、

アイヌたちにとっては

森に囲まれた大地こそが

自然と共生できる

安らった場所だったのです。

明らかに

生活様式と安らぎの価値観が

違っていたのです。

自然に抗い苦しみながら

「開拓」せねば生きていけなかった

シャモ(和人)の中には

自然をそのままで

自然と共に生きていけるアイヌを

羨んでいた者があったと思います。

その裏返しが差別につながり

国策としての侵略に組み込まれたのでは

ないでしょうか?


いずれにしろ

「開拓」と言う言葉を

無造作に使う事に違和感を

感じたのでした。