キドラの憂鬱と微笑 -4ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

一年以上のおいとまでした。

これからも、

頻回には投稿できないとは思います。

以前から、このブログは

自分自身の思考の覚書

みたいなものでした。

日常の暮らしがあり、

そこで感じたり考えたりした事の

整理のつもりです。

読んでいただける読者の方が


わずかながらもおられ

とても感謝しています。


もういなくなっちゃったかもしれないけれど。

向こう側に読んでくれる方が


いらっしゃるという事は、

考える事の張合でした。

日々の暮らしが慌ただしくなると

思考も怠慢になるし、


考えてはいるのだけど

散乱し忘れてしまう事が

続いていました。

自分自身の考えを文字にして、


記すという行為は


そこに第三者を想定している事で


客観化する為には


とても大切です。


ただ、


いわゆる日記より


そこそこ感性の体力が必要で、


さらに僕の場合は


自分自身の下手くそな文章に向き合う


厚顔無恥さというか


鈍感さも必要で


意外に疲れもするし


時間も食うのです。


言い訳がましいご挨拶ですが、


正直活力がなくなっている自分を感じ


「かーつ!」のつもりで


またやりはじめます。


この一年の間に


ぼく自身は


名実ともに前期高齢者となりました。


アベは表舞台から去りましたが、


彼の壊したものの修復は


10年、20年では無理でしょう。


修復するつもりになったとしてもです。


後を引き継ぐものが


アベと変わらぬ反民主主義者では、


どうしようもありません。


「都構想」が否決されたのは


良かったのですが、


メディアの維新贔屓には


うんざりさせられ続きです。


新型コロナは


日本ではおそらくこれからが


正念場になるのではと思います。


この正念場という意味は、


感染拡大の意味ばかりではなく


よりシビアに命の選別、差別が開始され、


それが容認される社会に


なるかどうかの正念場。


楽観できる未来は遠くに見えます。