キドラの憂鬱と微笑 -49ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

選挙は置いといて、

歴史を振り返らず、

あった事をなかった事にしてしまう輩は

政治の舞台から消えて欲しいと思います。

9月1日、

墨田区都立横網町公園で

関東大震災の犠牲者の

追悼の大法要が行われました。

都知事は追悼文を出していますが

同じ場所で行われる

「朝鮮人犠牲者追悼式典」への

追悼文の送付は取りやめています。

前出の大法要で

震災の全ての犠牲者を追悼している

というのが理由だそうです。

自然災害による犠牲と

流言飛語による虐殺の犠牲では

意味合いは全く違います。

だからこそ今までは都知事からの追悼文は

この式典にも送られて来ていました。

この3月、古賀という自民の都議が

式典の案内状にある

「6千余名」「虐殺」という文言を取り上げ

「歴史を歪める行為に加担する」と

荒唐無稽な理由を持ち出し

追悼文送付の再考を求めました。

コイケ都知事は「適切に判断する」と答弁し

その結果の今回のことでした。

自民とコイケの連携プレーだったのです。

つまりコイケが追悼文を出さなかった事は

何もしなかったのではなく、

「朝鮮人虐殺」はなかったと

敢えて、表現している事なのです。



ヨシムラ大阪市長は

サンフランシスコ市の中国系の民間団体が

私有地に慰安婦像と碑文を設置し

市に寄贈しようとしている事に対し

寄贈を受けないよう

受けるなら姉妹都市の関係を解消すると

書簡を送りました。

サ市議会は寄贈された9/22を

「慰安婦の日」とする決議をあげています。

維新のヨシムラは

何を思って

姉妹都市解消まで持ち出して来たのか

分かりません。

マツイもそうだと思うのですが

維新の彼らは

従軍慰安婦という性奴隷は

なかった事にしてしまいのだと

ぼくは思っています。

自分達の過ちをしっかり振り返る事なく

とりあえずなかった事にしてしまおうの

意図が透けて見えます。 


奴らは

実際にはあった事を

見ないようにしていれば

そのうち

なかった事になると思っているのか?


見ないようにしても

普通の人は潜在意識に残ります。

関東大震災の時の

朝鮮人の大虐殺は一般の民衆によって

引き起こされました。

彼らの潜在意識には

朝鮮を併合し、差別し、

彼らから恨みをかうやろなという不安があり、

それが流言飛語を

信じさせる事につながったという事が

指摘されています。


「自民」も「希望」も「維新」も

差別意識と分断を民衆の中に持ち込み

それを自分達への信頼へ

結びつけようとしています。

それは1つのきっかけで

いっきに全体主義に流れていく

危険性を孕んでいます。