キドラの憂鬱と微笑 -189ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

前回

マスメディアの不甲斐なさについて

書きましたが、

おそらくマスメディアの中にも

密かに武器を磨ぐ人達が少しは

いるのだと思います。

そう信じたいと思っています。

もちろん武器とは

血を流すための爆弾や銃・剣ではなく

ペンをはじめとした表現力です。

マスメディアの組織が具体的に

どうなのかは知りませんが

組織外には戦場記者をはじめとする

フリーの記者達や

作家・脚本家や演出家、映像作家などは

かなりおられるとは思います。

組織内には少ないと思うけど

頑なに存在し続けているのを

ドラマや深夜ドキュメントを見ていて

感じます。


NHKの朝ドラは好きでわりと見ています。

現在は「トト姉ちゃん」で

「暮しの手帖」の創刊者である

大橋鎭子さんと花森安治さんの

2人をモデルにしています。

小さな頃の我が家では

「暮しの手帖」のバックナンバーがあり

記憶違いがなければ

101冊目からを2世紀と

呼んでいたのが印象に残っています。

隔月誌だったと思います。

ドラマでは花森安治さんは

花岡伊佐次となり唐沢寿明さんが

大橋鎭子さんは小橋常子となり

高畑充希さんがそれぞれ演じています。

先日は小橋常子が花岡伊佐次を

一緒に雑誌を作って欲しいと

食いさがるシーンでした。

花岡は頑なに拒否するのですが

その時の花岡の主張は

以下のようなものでした。

花岡の家は貧乏で

母親はいつも辛い顔をしながら働き

花岡を育ててくれた。

その母親がある日生き生きした顔になる。

それは雑誌「青鞜」を読み

「原始、女性は太陽であった」という

平塚雷鳥の言葉に触れてからだった。

因みに平塚雷鳥は朝の連ドラの

隠しテーマで

「花子とアン」「朝が来た」にも

平塚の名前は出てきます。

朝ドラは1人の女性の

生き方を追う事が多いので

隠しテーマというより

当然の成り行きなのかもしれません。

話は戻ります。

そんな母親を見て花岡は

言葉の力に惹かれ

自分もそんな仕事で国の役に立とうと

戦地から結核で帰ってから

内務省で働き始める。

「焼夷弾は初期消火すれば怖くない」

と当時は言われ

その言葉を信じた多くの人々が

初期消火に走り逃げ遅れ亡くなった。

花岡はその事を知り

自分の書いた標語で

人を殺すこともありうると悟り

ペンを一生持たぬと誓う。

ここにはペンには

人々を勇気づけ活気づかせる力と

逆に死に至らしめる力がある事が

語られています。

敗戦当初、

ほとんど全ての報道者と表現者が

同じ事を考えられたと思います。

ひとり花岡伊佐次こと

花森安治さんのみが考えた事では

ないと思います。

この脚本はいつ書かれたのかは

知りませんが

参院選よりは前には違いないでしょう。

昨年の戦争法案の頃かもしれません。

いずれにしろ

現在の状況を反映しているのは

間違いありません。

脚本家も演技者もNHKからは

自由な立場だとは思います。

しかし、プロデューサーや演出家は

局内の人たちであることが多いでしょう。

オンエアされるという事は

NHK内部の人の手を幾重にも経ています。


これから夏にかけ

ドキュメントなども良いものが

出てくると思います。

マスメディアの問題は

おそらく報道陣ですね。

彼らの深みのなさが問題です。

武器を磨いてほしいと切に願います。