キドラの憂鬱と微笑 -166ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

最終日の今日のプログラムは

「沖縄 うりずんの雨」

ジャン・ユンカーマン監督

「えんとこ」「えんとこ再訪」

伊勢真一 監督

でした。

この映画祭は

初日の1作目から最終作まで丸ごと全部で

1つの表現物であるように思われます。

昨年、総合プロデューサー伊勢真一監督が

その様な事もおっしゃっておられたと

記憶しています。

今年は「春子 最後の夏」からスタート。

天王寺動物園の66歳になる

アジアゾウの春子の最期を

カメラは撮っていきます。

ゾウの66歳は

人間の90歳以上になるそうです。

ゾウは繊細で賢い動物で

飼育員はゾウに関しては

担当が他の動物に変わることが

ほとんどないそうです。

ゾウは横になって寝る事はあっても

ほとんど数時間で起き上がります。

横になったままだと

自身の重さで

肺が潰れてしまうからだそうです。

またゾウは死ぬ時の姿を見せないと

言われています。

春子は誰も見ていない時に

倒れてしまいます。

それを見つけてから飼育員の方や

他の動物の担当やらが集まり

クレーンなどを使い

起こしてあげようとします。

起こしてあげてもどうするんやろ?

そのまま支えても無理やろうし…。

とぼくは内心思っていましたが

見ているうちに春子や飼育員さんたちを

心で応援してしまっているのです。

この作品だけ監督さんが来られず

登場していた飼育員さんだけ

舞台挨拶に来られ(お話の上手な方です)

あの時は

身体が先にそう動いてしまったと

おっしゃっていました。

なぜ死ぬ姿を春子は見せたのか?

そこに何かメッセージがあるのでは?

などの問いが飼育員さんたちも

持つそうです。

生きる者の尊さを感じさせます。

2番目の「被ばく牛と生きる」は

福島原発の事故で

被ばくして商品価値がなくなった牛を

育て続ける牧畜農家が主人公です。

様々な問題の中で離れていくものが出たり

それでも被ばく牛の生きる道を

見出そうとがんばる人達。

被ばくの研究にしようとしていきます。

国も東電もそんな事には金をだしません。

除染物置場にすると

牧畜できなくなるのに

国は牧場のスミから汚染物を

おいていき、

そんなところに置かれると

牛を飼われんと辞めていくきます。

残った牛は殺処分されていくのです。

牛の生きていく意味を見出そうと

農家の人達は頑張るのです。

ここにも生命の尊厳を感じます。

以下つづく