キドラの憂鬱と微笑 -108ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

1970年代、

韓国は決して

民主主義的な体制ではありませんでした。

朴正熙政権の時代です。

軍事独裁であり常に戒厳令の社会でした。

民主化を求める声もありましたが

封殺されていました。

詩人の金芝河にも

死刑判決が下されたりしていました。

日本にも

韓国の民主化運動を支援していこうという

動きもありました。

朝鮮戦争以来、

米軍と韓国軍は近しく

当時のベトナム戦争にも

韓国軍は参戦していました。

恐れられていたという話は

当時読んだ本にも書かれていたと

記憶しています。

1975年にベトナムは解放され

米軍はベトナムから去ります。

その後

1980年代後半韓国の民主化宣言後

ハンギョレ紙などで報道され

韓国軍の虐殺行為や

韓国軍の兵士とベトナム女性との間にできた

「ライダイハン」の子供達の事が

韓国民衆の知るところとなります。

ネトウヨ達は

自己の歴史には虐殺行為は

なかった事にしていながら

他国の行為にはここぞとばかり

「なんて残虐な、ひどい事をする民族だ」

と騒いでいました。

浅薄な感性です。

そんな浅薄な感性は置いておきましょう。

「ベトナム・ピエタ」という

彫刻作品があります。

作者は

慰安婦像「平和の少女像」の作者である

キム・ソギョンさん、キム・ウンソンさん

ご夫妻です。

「謝罪と反省の意味を込めて、

   理由も分からず殺された

   この人たちを記録し、

   慰霊したかった」と語られています。

像は大地の女神の上で、

虐殺された赤ん坊を抱く母の姿を

表していると言います。
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「ベトナム・ピエタ」と「平和の少女像」

「ベトナム・ピエタ」と

「平和の少女像」を並べると

意図することは伝わります。

残念ながら現在の日本の為政者達には

「平和の少女像」は反日にしか

見えないのです。

自分達の犯した過ちに真摯に向き合う事、

それが自浄作用につながり

民主主義を維持する為に必要な事になると

思います。

今回、

朴正熙の娘、朴ウネを追い込んだ

民衆の力は

まさに自浄作用の表れでしょう。

今や反民主主義者になった

日本政府の人々には

これは理解もできないし

想像もできないでしょう。

根本的に立っている位置が違うのです。

ドキュメンタリー映画の

「記憶と生きる」で

「ナヌム(分かち合い)の家」に集い暮らす

元従軍慰安婦のハルモニ達は

毎週水曜日

日本領事館前で謝罪と補償を求めて

「水曜行動」として

座り込みをずっと続けています。

ただ1日

1995年1月18日だけは中断し

心配そうに

皆んなでテレビに見入っていました。

阪神淡路大震災の翌日が

水曜日だったのです。

今は亡くなっていないハルモニ達ですが

決して反日を主張したいのでは

ないのです。

叫びたかったのは

奪われた人生を返せなのです。

それでも無視し粗雑な感性で対してくるなら

そんな奴らには反きます!という事です。


個人の日常生活が大切なのであり

それを守るという点で

国は違っていても

ぼくはハルモニ達の隊列に加わりたいのです。

「ベトナム・ピエタ」は

そんな事を教えてくれているように

思うのです。