キドラの憂鬱と微笑 -107ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

「側に立つ」という言葉。

そういう言葉があるのかどうかは

知りません。

でも例えば、

人民の「側に立つ」とか

弱い立場の「側に立つ」とか

権力「側に立つ」とか

そういう言い回しはあります。

〜の側の〜によって

立っている場所は違います。

側に立った考えをする事は

悪い事ではありません。

自分が反体制の側に立っているにしても

その立ち位置を検証する事は

常に必要な事のように思うのです。

固定観念はその観念から外れるものを

捨象します。

それをしない為には

自分の固定観念を壊す事が必要です。

だから側に立つ訓練をしたいと思うのです。

アベの側に立って考えるとか、

松井一郎の側に立って考えるとか、

友達の

在日コリアン二世の側に立って考えるとか

自死した友人の側に立って考えるとか

自分の息子、娘の側に立って考えるとか

エトセトラ…

権力を持つ政治家の側に立って考えた時

こちら側や

障がいを持った人の側や

年老いた人の側や

シングルマザーで幼児を抱えた母親の側を

考えている事が想像できないのです。

政治家という仕事は

1番「側に立って」考えなければならない

仕事であると思います。

威勢が良いのに

「側に立つ」レパートリーが

あまりに少ないのではないかと

思えるのです。