介護➖被介護の関係が
前提の考え方の中にあり
それはする側➖される側
という概念を持ち込みます。
とすれば
介護という概念に
すでに上から目線が含まれています。
本来介護される側が
主体でなければならないはずなのに
介護という言葉が
本来の主体を
受け身に追いやっているのです。
今思い出しました。
昔青い芝の会という
脳性麻痺障がい者の全国組織があり
(今もあると思うのですが…)
その介護面のサポートをする
「ゴリラ」という健常者の
グループがあったといいます。
それを青い芝と関わっていた
友人がいて
彼女はお姉さんが
今でいう発達障がいがあり
一緒に暮らしていました。
お姉さんが青い芝の方が
主催するグループに関わり
友人の彼女も顔出ししていました。
その友人が「ゴリラ」のことを
教えてくれました。
何故「ゴリラ」と言うかというと
考える主体ではなく
手足になるという意味だそうです。
若い頃のぼくは
あまり納得できなかったのです。
障がい者と健常者は
対等であるべきだみたいに
考えていました。
この仕事に就いてというか
今前の事を書いていて
思い至りました。
正直介護社会では
上から目線が横行しています。
それは介護という言葉が持つ
性格なのかも知れません。
それを「ゴリラ」と表現した
知恵は凄いと思います。
介護と言うのは
実は大したことではないのです。
介護はさりげなく
そこから作る関係が
重要なのではないかと思います。