「やんしゅう」のこと | キドラの憂鬱と微笑

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どちらかと言えば

大人しい子供でした。

小児喘息というのもあったのか

周りのオトナに

生意気な事を言うような

子供ではありませんでした。

だから当時のオトナ達には

ずい分と可愛がってもらいました。

父は全く酒を飲めない人で

だから日常的に

酔っ払いと接する機会は

殆んどありませんでした。

余市の時に間借りしていた家は

船主の家で

よく酔っぱらった漁師たちが

やって来ていました。

その漁師たちの事を

大家の船主の家では

「やんしゅう」と言っていました。

「やんしゅう」という言葉を

その時知りました。

後になり調べてみると

「やんしゅう」というのは

ニシン漁の時足りない人でを

まかなうためにその時だけ

雇う漁師の事をいうらしいのですが

当時はすでにニシン漁は下火であり

ニシン漁の漁師では

なかったと思います。

おそらく季節的に雇い入れる漁師を

転じて「やんしゅう」と称して

いたのではないかと思います。

「やんしゅう」は

幼いぼくを膝に乗せ

赤い顔で酒臭い匂いの息を吐き

大きい声で笑い喋ります。

「やんしゅう」が来ると

怖くて逃げ大家さんの家の人達も

よくかくまってくれました。

タンスの中に隠れていたことを

覚えています。

「ロスケ」とか「だほ」という言葉を

「やんしゅう」達は

よく発していました。

「ロスケ」とは

昔のソ連、もしくはソ連の人々の

蔑称です。

「だほ」は拿捕と書き

領海侵犯したとして

旧ソ連の警備船に船ごと

捕まる事です。

「やんしゅう」達は

国際的な緊張の中で

自分たちの生活のために

働いていたのでしょう。

父はロシア文学を

専攻したかったらしいのです。

父は北大の

戦後の一期生になるのですが

当時はロ文専攻の教授が揃わず

結局国文学を専攻したそうです。

ロシア文学は

何故かぼくも好きです。

「やんしゅう」達が使う

「ロスケ」という言葉は蔑称であり

父はその言葉を嫌っていました。

ぼくも日常の会話の中で

その言葉を使う事はありません。