ブログネタ:食べ物にあたったことある? 参加中私はある派
京都は大学生時代の
思い出の場所です。
左京区一乗寺、右京区蚕ノ社、
下京区西大路八条に
ほぼ2年づつ計6年
京都に住んで居ました。
別に医学部とか薬学部では
ありません。
一年留年して一年聴講生で
学校に残っていました。
2浪しているので
前後二年ずつのりしろみたいな
時間があるのです。
随分のんびりした話です。
濃い六年でしたけどね。
蚕ノ社は嵐電で太秦の
一つ四条大宮よりです。
太秦から逆に一つ行くと
帷子ノ辻(かたびらのつじ)でした。
ある日の夜中
窓ガラスに小石があたります。
蚕ノ社の僕の下宿は
サラ金屋さんの2階で
住人はぼく一人でした。
当然夜中はぼく一人になります。
窓を開けると
帷子ノ辻に住む友人でした。
「火事で焼け出された」
彼は学生が多勢住む
学生下宿に住んで居ました。
彼の部屋の隣の隣だったかの学生が
酔っ払って帰ってきて
誤って石油ストーブを蹴り
出火したそうです。
学生らはその泥酔している
下宿生を助け出し
着の身着のまま逃げ出したと
言います。
とりあえず泊めてあげ
当面の金やら何やら
貸しました。
僕らは哲学専攻でしたが
もう一人法学部の友人も
何かと援助していました。
焼け出された友人が
落ち着き先を見つけた時
見舞金やら何やらで
とんでもない好景気に
恵まれていました。
世話になったからと
法学部の友人と僕とを
回らない寿司屋に
連れて行ってくれました。
牡蠣がやたらうまく
三人は繰り返し注文しました。
翌日から死ぬほどな下痢が襲い
全く動く事ができませんでした。
階下にしかトイレがないので
這うようにトイレへ行き
一週間位続きました。
かなりやばかったのかもしれません。
フラフラしながら学校に出ると
他の二人も同じ症状だったそうです。
焼け出された彼が
一番軽かったようで
たいした援助もしていないのに
まさにバチに当たったのでした。
