原因疾患にもよりますが
記憶障害が中核症状にあります。
近い時間の記憶から
どんどん抜け落ちていきます。
お茶をお出しすると
美味しそうに飲まれますが
茶碗が置いたままだと
私の前にこんな空っぽの
茶碗置いていやがらせ?
なんて言い出します。
自分が飲んだことは
すっかり抜け落ちてしまうのです。
遠い昔のことは
比較的覚えています。
それも徐々になくなっていきます。
でも僕の関心は
認知症の方の中に残る記憶です。
とても逆説的な言い方ですが
それが必ずあると思うのです。
施設にはかなり進行の激しい方も
おられます。
そういう方にもなくならない記憶が
あると思います。
脳ではなく体に染み付いたというか
身体で覚えてしまった記憶。
以前にも書いた事がありますが
ぼくの祖母の友人の話です。
祖母は明治34年生まれ
富山の砺波から
友人と北海道の小樽に
奉公にだされます。
奉公という言い方が正しいかは
わかりません。
十代の娘たちが実家を出て
北の最果てへ向かったのです。
彼女達にとって
どれほど心細い事だったか
容易に想像できます。
互いが励ましであり
勇気であったのだと考えられます。
祖母は88歳で亡くなりました。
祖母の友人は
認知症になっていました。
当時は認知症という
言い方はなく
「痴呆症」一般的には
「ボケ」「ボケ老人」と
言われていました。
祖母は
友人が自分の事もわからないように
なったと
嘆いていました。
祖母が病院で亡くなり
家に帰ってきた朝
祖母の友人の家族が
最期の別れに友人を連れて来ました。
「多分わからないと思いますが、
せめて最期に
顔を見せてやりたいので」
と来られる前に電話がありました。
仏壇の前で寝かせられた
祖母を見た時、
突然友人は祖母の名前を呼び
号泣しだしたのです。
僕の家族ばかりでなく
友人の家族も
心打たれビックリして
誰も何も言えなくなりました。
あれは何だったのだろう?
記憶の奥に存在する記憶。
認知症の方は言葉で表現するのは
苦手だけれど
確かに芯の方にある
消えることのない記憶。
脳科学ではどうなんだろう?
でも確かにあるんですよね。
認知症に負けない記憶が。