祝春一番コンサート2014 | キドラの憂鬱と微笑

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

祝春一番コンサートの

初日に行ってきました。

服部緑地野外音楽堂です。

毎年開場と同時に開演なのですが

今日はある程度入るまで

待ってくれていました。

今年のトップバッターは

なんと中川イサトさん。

「That lucky old sun」からでした。

3曲歌ってこれで終わり?

と思ったら次の押尾コータローさん

の時にもイサトさん出てきて

セッション。

「その気になれば」を

デュエット。

押尾コータローさんが

コーラスをつけます。

二人のかけあいも楽しい。

高校生の時友達とイサトさんに

ギター教えてもらいに行ったとか。

実は昨日はイサトさん大活躍で

色々セッションされていました。

大塚まさじさんや

ハンバートハンバートなんかとも

いっしょにされてました。

このセッションというのも

ハルイチの醍醐味でしょう。

三番手は

中川五郎さんと

センチメンタルシティーロマンスの

中野督夫さん

そして湯川トーベンさんと

永原元さんで結成された

「スペシャルバンド」(仮名)

今年はこのバンドでいくと

五郎さん言ってました。

実はここまででかなりの満腹感。

天気もいいし、

ビールを飲みながら

かなり気持ちが良いのです。

桜川唯丸さん達の一座の時は

ダンスタイムでお客さんも

踊りだします。

ビールのせいか何故か心うたれ

涙が出てきてしまいました。

ブルースがあり、盆踊りがあり、

昨日はなかったけど

JAZZがあり、落語があります。

このスタンスは昔から

ハルイチは変わりませんね。

福岡風太さんや

亡くなった阿部登さんの意志が

あったと思います。

それに加え大阪の風土も

少なからず影響しています。

春一番コンサートは

1971年、当時20代の青年たちが

アメリカの

ウッドストックコンサートの

ドキュメント映画に触発され

はじめたものです。

福岡風太さんや大塚まさじさんなど

ほとんど現在の主要メンバーです。

最初は天王寺公園の野外音楽堂で

開催されていました。

この天王寺は重要です。

昔から大阪の芸人達が

てんのじむらの長屋に住み

芸のしのぎを

削ったと言われています。

戦後も続き、

ギターや三味線を使った漫談もあり

そこからミュージシャンも

住みつきだしました。

その地が天王寺なのです

(今は全然違いますが)。

民衆の芸能は

路上などの青空の下で

行われてきました。

ジャンルにかかわらず、

楽しむことがテーマなのです。

そこが骨の部分です。

いくら芸人やミュージシャンが

楽しませようとしても

観客の方が楽しもうとしなければ

このコミュニケーションは

成立しません。

その辺の「阿吽の呼吸」が

大阪人は自然にできるのです。

我が子でもそうなのですが

言葉のやり取りの中で

自然に突っ込みができるのです。

僕は北海道人なので

それが自然にはできません。

それはちっちゃな頃から

教えられ

受け継がれているものなのでしょう。

教えてくれるのは

近所のおばちゃんであり

店屋のおっちゃんであり

友人のガキどもなのです。

これが楽しませる側と

楽しませてもらう側との

「阿吽の呼吸」に

つながるのだと思います。

楽しめない芸には淡白ですけどね。

「観客と共に創る」

という言葉が

文字通り当てはまる空間が

春一番コンサートなのです。

福岡風太さんが

「東京でも何度か試みるのやけど

    なんか上手くいかんね」

とMCで言っていましたが

そんな背景があるんじゃないのか?

というのが

僕なりの答えです。


「今日は渡が紹介してくれた

    メンバーが何組かいます」

と風太さんが言うように

吉祥寺を中心に活動する方たちも

居てました。

アーリータイムズストリングスバンド、

林亭とか東京タワーズとか

東京タワーズは高田渡さんの

愛用の自転車を持って来たりして

(後ろが二輪になっているやつ

 酔っ払ってこけないようにらしい)

しばらくステージのオブジェに

なっていました。

東京タワーズ、

なかなか面白かったですね。

シバさんも斉藤哲夫さんも

さすがでした。

今日も明日も明後日も

ハルイチは続きます。

僕は行けないけどね。

最後は中川五郎さんがしきり

出演者と開場で

「we shall overcome」

をシングアウト。

風太さんのドラムソロが見られまた。

僕はまた来年です。