スキーの事 | キドラの憂鬱と微笑

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スキーなんて

どんだけしてないのでしょう。

これからさき、

多分しないやろうと思います。

決して上手いわけでは

ないけれど

普通に滑るくらいです。

中学生の頃、

小樽には二つのスキー場が

ありました。

今でもそうかな?

一つは天狗山スキー場。

小樽の学校は、

三学期の体育の授業が

全てスキー授業でした。

高校の授業は二週間に一回

一日使い、

天狗山でやっていました。

授業と言っても

かなり自由に滑っていた気がします。

当時の天狗山には

まだナイター設備は

ありませんでしたが

リフトは二つ合ったように

記憶しています。

もう一つのスキー場は

当時はホワイトバレースキー場

と言っていましたが

現在の朝里川温泉スキー場です。

こちらは昔からナイター設備が

ありました。

小中学校のスキー授業は

裏山などの斜面を

滑っていました。

小中は毎週二時間のスキー授業で

リフトも裏山には当然なく

スキーを履いたまま

登っては滑るという感じです。

物足りない連中が

放課後連れ立って

ホワイトバレーに行きます。

当然ナイターにかかります。

僕も何度か行きました。

ナイタースキーは

雰囲気がありました。

カクテル光線に照らされ

ゲレンデに映るカラフルな影。

当時流れていた音楽で

覚えているのは

ショッキンブルーの

「ヴィーナス」

1910フルーツガムカンパニーの

「トレイン」

何故か、サーチャーズの

「ラブポーションNo.9」

当時北海道では

リバイバルヒットしていました。

等々、洋楽が流れていました。

ナイター照明から

少し外れると見にくくなります。

ギャップだと思い越えると

向こうには何もなく

2mくらいの段差。

頭の中は瞬間パニック。

テレマークはとれなかったが

着地成功。

でも後で考えると

危なかったなぁと思う

今日この頃でした。