小林多喜二氏の「蟹工船」が
とても売れていた時期があった。
派遣切りとかワーキングプアとか
そんな言葉が横行していた時だ。
プロレタリア文学は
プロパガンダで
中身がないなどの現代人の言い分は
よく聞くが、
それでもよく売れたらしい。
今はどうなんだろう?
多喜二さんは
小樽高商=現在の小樽商大に
在籍していた。
秋田から家族で小樽に来たらしい
僕の高校時代、
没後40周年の記念行事があり
出たのだが、
当時は、
多喜二さんのお姉さんという方が
小樽にご存命で、
挨拶をされていた。
小林多喜二氏については
僕は好きで、
作品というより、
その生き方というか、
率直さに魅かれる。
地下に潜る前に、
好きだった志賀直哉氏に
会いに行き、話しをしてる。
志賀直哉氏は
世間の風潮や時流というものに
決して流される人ではない。
そんな直哉氏の作品が、
多喜二氏も好きだったのだろう。
二人の会見は、
一人の文豪と一人の文学青年の
会見だったのだと思う。
後に多喜二氏が特高に
殺害された時
直哉氏は日記に
暗澹とした気分になると書いた
と言いう。