1964年東京オリンピック | キドラの憂鬱と微笑

キドラの憂鬱と微笑

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自分史 振り返り
ファンタジー文学

1964年北海道のガキンチョは

テレビで東京オリンピックを見てる

小学校もオリンピックムード

閉幕後も印象に残った競技の作文

それで文集も作ってたなぁ

僕が書いたのは、男子マラソンだった

円谷幸吉選手は

イギリスのヒートリー選手に

国立競技場に戻って来て

トラックで追い抜かれ銅メダル

ヒートリー選手が円谷選手を

追い抜いたあと

うしろをチラチラ振り返るのが

憎たらしく

それを作文に書いた

最近知ったのは、ヒートリーさんは

けつこうな親日家で東北の震災の事も

ずいぶん気にされてるとか

円谷選手はその後

今は結婚よりマラソンと

上司命令で婚約破棄されたり

腰痛が悪化したり

1968年、メキシコオリンピックの年

自殺

国家の威信、国民の期待、

オリンピックにはもれなく

それがついてくる

フォークデュオのピンクピクルスが

「一人の道」という詩で

円谷選手の事を歌っています