天王寺今昔 | キドラの憂鬱と微笑

キドラの憂鬱と微笑

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泣きもしました

ケンカもしました

笑いは勿論当たり前

安酒飲んで

串にドテ

5月にゃ野音で春一番

人情カラオケ

大道芸と

柵も無かった公園で

これがおいらの

ふるさと天王寺

               木村充揮:天王寺

僕がはじめて大阪に宿泊したのは

受験の時

宿泊先が天王寺でした。

何にも知らない

北海道から出で来たガキでした

多分いまのアパホテルのあたり

だったように思う

相部屋だったのか、

もう一人いて、いっしょに

何故か日活ロマンポルノを見に行った

アポロビルの裏の通りでした

場末の通り、という感じだった

今はキューズモールとルシアスの裏の間

それから、数年後

平野区や阿倍野区、東住吉区が

生活圏となりました

仕事で、

ジャンジャン横丁を歩いていたら

一人のおっちゃんが

壊れたメガネを持って

どないしてくれんねん

と言って来る

小柄なおっちゃんやし

何とかなるとは思ったが、

店のおばちゃんが

あんたまた、そんな事ゆうてんのか

こないだもメガネ壊れてたやないか

この町はこうやって

バランスをとってると思った

天王寺、新世界、釜ケ崎は

ひと連なりの町で

1980年くらいまでは

釜ケ崎のおっちゃんらも天王寺公園で

くつろいでいた

ホームレスのおっちゃんも公園内で

カラオケをしていた

何年からやろか?

1980年以降だけど、

天王寺公園は柵で囲まれ

有料になりました

1971年から79年まで

天王寺野外音楽堂で

春一番コンサートが開催されてます

95年から春一番コンサートは 

再開されますが、

大阪城公園、服部緑地公園と

場所は変わっていきます

木村充揮さんはこの歌、ハルイチでも

よく歌ってます

Qズモールができハルカスができ

何か綺麗な天王寺になっていく

いい事なのだろうけど…

なにか、なにか、