夫は救急搬送されてから、その後1週間だったか10日間だったか

 

ずーっと救急病棟のベッドに縛り付けられていたわ

 

その間、少しでも立ち上ったりすると

 

症状が悪化して今にも死にかねないということで、

 

ずーっと寝たきりのままだったし、

 

当然ながら完全絶食で水さえも飲ませて貰えなかったの

 

救急病棟に搬送される人というのは、

 

大抵意識レベルもかなーり落ちているのでしょーね

 

複数ベッドを置いてあるけど、

 

一般病棟みたいにカーテンで仕切っているわけでもなければ

 

せめてもの気晴らしで外を眺める窓さえも当然なくて

 

ただ検査・治療機器だけが、ピピピ、チロチロリンとかまびすしいだけ

 

まるでエイリアンの触手みたいに、

 

そこかしこからおびただしいチューブが不気味に伸びたり、

 

ぶら下がったりしていたわね

 

患者の人権など構っていられやしないと言わんばかりの、

 

大変無機質で殺風景な部屋だったわ

 

一般病棟に比べて、はるかに重装備をした看護師らの姿が

 

さらにそこに恐怖という味付けをもしてくれていたわね

 

ちなみに夫は、そこの奥まった一画にあって、

 

ほら、スーパーのバックヤードの入り口とかで使用されてる、

 

体で押して自由に開く、スィングドアで

 

仕切られた個室みたいなところで寝かされていたの

 

どーしてあたしがこーんなにも救急病棟の内部について詳しーのかと言うと

 

当時、新型コロナで面会等の規制がまだまだ厳しい最中だったにもかかわらず

 

必要とあらば、何度かその中へ入って夫と面会することが許されたからよ

 

それから、夫が起きている間は、何時であろーとも自由に通話やメールも許可された

 

尤も、完全絶食で水さえも与えられない夫は当然ながら、体力気力がもたなくて

 

5分とも会話やメールが続けられなかったけど

 

元々、地声が大きく、おまけに滑舌もいいと来たものだから、

 

あたしの声は救急病棟中によーく通って、

 

会話の内容が筒抜けだとも夫に言われたぐらいよ

 

でも、一体、誰がそーんなこと、構うと言うの?

 

夫以外に、仲良く同室を過ごす、他の患者だなーんて全然見当たらないし

 

おまけに夫の好きなTVさえもない、非人道的な病室で、

 

あたしからの電話、メール以外に何も気晴らし、慰めの類が一切ないと言うのに!

 

あたしが夫だったら、ホント、集中治療で体調が回復したとしても

 

それと引き換えに発狂してしまいそーよ!!

 

あたしの例外的な面会、通話、メールに対して目をつむってくれていたのも

 

彼らだってまさしくあたしと同じ思いからだったと思うわ

 

あるいは、どうせもーじきに亡くなるだろー、

 

だから今更それらに目くじら立てたって仕方ないとでも思って

 

最後の情けをかけてくれていたか

 

だって実際、一般病棟にはある、消灯時間などがそこでは免除されて

 

何かと治外法権扱い、

 

大袈裟に言えば、超法規的措置みたいな例外的扱いが許されるのは、

 

救急病棟に搬入されてくる急患は、

 

大抵生死をさまよい意識なーんてとうに失っていて

 

おまけにその病棟で長居する可能性が極めて低いからでしょ

 

だから、一般病棟みたいに何かとルールを設ける必要がないのに違いないわ

 

そ、夫みたいに、どんどんと体が弱っていく一方で

 

意識だけはめきめきと回復していくという患者は初めてで

 

ひょっとしたら、海千山千の彼らでさえ、夫の扱いには戸惑っていたかもね、笑

 

さて、何度もあたしを呼び出したり、

 

挙句の果てにはあたしの携帯にまで電話をかけて

 

挿管をどーするんだとせっつく主治医に、あたしはついに、

 

「夫と相談して決めます!」って啖呵を切ってしまったのね

 

それで主治医からの許可を得られたのか、

 

あたしは晴れて救急病棟に入れたと言うわけ

 

つまり、裏を返せば、それだけ夫の死期が迫りつつあったという意味だったのかもね

 

窓も時計もなく、おまけにまともに話せる相手はあたしだけという夫は

 

恐らく時間感覚もとうに失われて、

 

それゆえにそれ以外での認知力も著しく低下してしまうのか

 

あたしと話していても、話が二転三転したり、

 

そーかと思えば、脈絡のない話を突然始めたりだとかしたわね

 

そんな中、あたしの顔を見るなり、開口一番に「水、水をくれ!」って

 

禁止されていた水をせがまれて、とても切なかったわ

 

さて、そんな中、あたしは夫に気管挿管をどーするのかについて訊くのだけど

 

案の定、夫はポカンとしてる

 

もちろん、無類の映画、TVドラマ好きの夫のことだから、

 

これまでに観て来た、数多(あまた)の医療ドラマから

 

「ソーカン」という言葉ぐらいは知っていたわよ

 

でも、まさかそれが自分の身に降りかかって来るだなんて夢にも思わず、

 

だからこそ直ぐにはピンとは来なかっただろーし

 

そもそも、その「ソーカン」が持つ、

 

意味の深刻ささえも分からずにいたでしょーからね

 

あたしでさえもにわか仕込みの知識だったものだから

 

どこまで夫に正確にかつ分かりやすく嚙み砕いて説明出来たか自信もなかったけどね

 

そーやって夫と話をする頃までには、

 

あたしなりに気管挿管への考えをまとめていたわ

 

あたしとしては、自ら食事・排泄はおろか呼吸も出来なくなった時点で

 

その人はいわゆる「生ける屍」になったに等しいと思っているから

 

機器に補助して貰ってまで生きながらえるのは、

 

相手が夫でも自分自身でもイヤだなと思ったの

 

せっかちなあたしは、夫の意見を聞く前に我慢出来ずに

 

ついつい先に自分の意見を言ってしまったものだから

 

夫もあたしのその意見に何ぶん引っ張られてしまったかも知れない

 

迷うことなく、彼もあたしの話を終える前に「挿管はしない!」と答えたの

 

それでも平常時の夫からしても、恐らく今と同じよーに答えただろーと思うし

 

何よりもあたしと同じ考えを持っていてくれたことが純粋に嬉しかったわ

 

だから、あたしは救命病棟を出るや否や、主治医に夫の意見を伝えたのよ

 

だけど!!

 

その後で、24時間付きっきりで夫の世話をする現場看護師や

 

しばしば様子を見に来る、主治医の意見として

 

夫が辻褄の合わないことを言ったりもしてるし

 

おまけに今現在、夫は昨夜の意見を翻して

 

「挿管して欲しい!」と訴えてる

 

もう一度、しっかりと本人の意思を確認した上で

 

やはり家族の者が責任を持ってどーするのか

 

再考して最終的に判断すべきだとか言ったりするものだから

 

それならあたしももう1度夫と面会して、

 

夫の様子をしかとこの目で見て確かめてから

 

どーするのかについて改めて決断しようと思ったのよ

 

それで翌日、再び夫と面会したのだけど、

 

確かに夫は昨日言ったことなど全く覚えていない様子で

 

「挿管する!俺は生きながらえたい!ありとあらゆる可能性にかけてみたい!」

 

と、あたしの質問に対して、そー答えてきたの

 

あたしはその答えを聞いて無理もない、自然なことだとも思ったわ

 

だって、人はいよいよ自分の死期が目前に迫った時、自己防衛本能として

 

そーやって強烈な生存欲が突如芽生えるのも当たり前のことだと

 

おまけに、まさにこれを執筆している最中に改めて夫に訊いてみたら、

 

あたしがいない間も主治医は夫の様子を見に来ては、

 

何度も挿管についてどーするんだって決断を迫って

 

かなーりプレッシャーを与え続けていたものだから

 

夫自身もますます迷いに迷って、

 

もちろん、自分の死の可能性についてもそれで意識させらたし

 

その一方で、放り出したままの仕事のことも気懸かりだったとも教えてくれたわ

 

そんな過酷な状況下に置かれたものなら、夫でなくても大混乱して、

 

訳分からなくなって、発言に辻褄が合わなくなることは

 

そりゃあ、多少…どころか大いにあり得たことでしょーよ

 

だから、当時の夫の言動は、病気による、精神の錯乱のせいじゃなくて、

 

人間としてすこぶる真っ当な反応だったと今では思ってる

 

その後も夫の意見は二転三転したものの、

 

最終的には、やはり気管挿管はしないという結論に落ち着いたの

 

それなのに!!

 

主治医のヤツ、それだけじゃ飽き足らないのか、

 

次から次へと、まるで味を占めたかのよーに、

 

深刻な決断ばかりを矢継ぎ早に求めて来たのよ!

 

やれ、延命治療はするのかしないのか、人工透析はするのかしないのか…etc

 

でも、気管挿管の決断の時に、

 

あたしは人間としての尊厳を大事にしたいという、大前提を確立したものだから、

 

もはや決断に迷ったりすることはなかったけどね

 

それに…

 

夫の人間らしさを守るというのは確かに聞こえは良かったかも知れないけど

 

実はあたしにはまた別の本音もそこにはあったの

 

あたしはその当時、せわしなく夫の病院へ通っては

 

一向に改善されそーもない、夫の症状にうなだれて

 

夫が何の予告も準備もなしに放り出した、慣れない夫の仕事をこなしながら

 

その後で自分の仕事にも取り掛からなくてはならなかったし

 

また、家庭ではそれまで夫が一手に引き受けてくれていた家事を

 

随分とオンマ(母)に助けて貰いながらも自分で行わなければならない

 

それまで空気のよーに当たり前に思っていた夫の存在の重さを

 

仕事、家庭でこれでもかって言わんばかりに突き付けられて

 

あたし自身、相当参ってしまっていたのも事実

 

だからこそ!!

 

あたしはそんな自分を悪い、怖いと震え慄きながらも、

 

ついついこー思わずにはいられなかったの!

 

主治医を始め、あたしを含めた誰もが夫は死か、

 

よしんば奇跡的に回復したとしても、それと引き換えに

 

何かしらの深刻な障害を一生背負うことになるだろうって

 

何1つとして、希望を見出せずにいたから

 

「万が一、退院出来たとしても、人工透析や要介護などで、

 

これまでと同じよーな日常生活を送れなくなってしまうのだったら、

 

ハッキリ言って、そんな夫は要りません!

 

それなら、どーぞ、夫を召し取ってください!!」

 

…こー思った、あたしのことを人でなし、悪妻、悪女だと思う?思える?

 

今、こーして執筆するにあたり、振りかえってみても、

 

やーっぱり、あたしはまた同じ状況なら同じことを思うだろーと思ったし

 

そりゃあ、あたしだってこー見えて人の子だから、

 

愛おしい夫に対して済まなさ、それで実際に夫を召し取られた時の恐怖、

 

人としての罪悪感…そーんな何とも言えない気持ちが次から次へと溢れて

 

それらがぐちゃぐちゃにないまぜになった複雑な気持ちであったものの、

 

それでも、やっぱり、こー願わずにはいられなかったのよ…

 

 

to be continued...

 

 

 

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