物語プロバンスのパン屋さんで 25 「素直になれない」 | 海峡kid.の函館ちゃんちゃんこ物語

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 (物語)プロバンスのパン屋さんで 25

 

この物語は、
友人の心ない言葉と、
無責任な大人の行動で人間不信になり、
不登校になった夢見る中学3年生、竹下唯(たけしたゆい)と、
憧れの定年退職後の楽しいはずの時間が、
1本の電話によりはかなく崩れ去った、
元小学校教師深海航(しんかいわたる)の、
偶然の出会いから始まる激動の半年を綴ったお話である。


 

第5章 プロバンスへの道(13)
「素直になれない」

 

竹下唯が、教育センターの教育支援室に通い始めて2か月になろうとしている。

「今月末に模擬テストがあるけど、勉強する気はありません。  
 今から勉強しても、どうせ受験なんて受かるわけはないと
 思ってしまいます」

10月末の模擬テストを前に、竹下唯は「活動ファイル」にこう書いた。

担当の深海航と出会って2か月。はじめは「いい子」を演じていた唯であったが、
決して親にも、誰にも言えないことを、正直に深海航には言えるようになった。
「これから勉強したって無理・・・」
「どうせ受験なんて・・・」
二人の会話の中では、よく唯が言っている言葉だ。



 

昨日も昼過ぎに来た唯は、全くやる気がなかった。
深海がいくら励ましても、おだてても、唯の気持ちが落ち込んでいるときは、
地道に取り組まないとよくはならない。

唯とは、彼女の気持ちとの駆け引きの毎日である。

昨日、深海は早く終わる勤務割り当ての日で、
「午後に、臨床心理士の岡田先生のカウンセリングがある」
と、唯が言うので、午後は岡田先生任せることにして、唯を空いていた面談室に入れて、
あまりかまわないようにした。

そろそろ勤務終了の時間になったので、深海は面談室に行って
「それじゃ、早帰りだから,私はこれで帰るね」
と言うと、唯は、
「ふーん、じゃあさようなら」
と、全く興味を示さず、何かの本を見ながら顔も上げずに言った。
 


 

深海が帰る支度をして3階のエレベータに行くと、唯がエレベータ前の窓から
外を見ていた。唯は、本当は深海の見送りに来ていたのだ。
しかし深海が、
「じゃあね、また明日」
と言っても、唯は全く無視で外を見ていた。

深海は「全く無視だものなあ」と思いながら、エレベータを降り、

教育センターの玄関を出た。

少し歩いて振り返って3階の窓を見ると、窓には唯の姿が見えた。

「まだいたのか」
深海が窓に向かって手を振ると、唯は、深海に向かって笑顔で大きく手を振った。

唯は、正直なところ、深海がいないと心細いのだった。
素直にあいさつすればいいのに、つい反抗的な態度に出てしまう。
でも、窓から外を見ていたら、深海が思いがけず手を振ってくれたので、
うれしくて、つい手を振ってしまったのだ。



 

次の日、唯の「活動ファイル」を読んだ深海は、
「ちょっとモチベーションが下がっているのかな?
 最後の最後までチャンスはありますよ。自分を信じて!がんばれ!!
 英単語や漢字とか、単純なものからやっていこうか?!いかが?!!」
こう返事を書いた。

唯は11時にはやってきて、まず英語の教科書の単語調べから取り組んだ。
「今日は勉強するから、邪魔しないで」
と言って、昨日とは打って変わって、とてもやる気をみせた。
深海が、
「よし!思う存分やって!」
と言うと、唯はキッとにらんで、
「ばっかじゃない」
と言って先に歩いて行った。

深海は、唯を面談室に入れ、様子を見ながらあまり関わらないようにした。
午後は、前のテストのテスト直しもひと通りがんばっていた。

「これが続くといいのだが、明日はどんな『唯』でここに来るかな?」


続きます

この作品は創作された物語です。
登場する人物、団体、名称等は、実在のものとは一切関係はありません。
また、物語の中の写真はイメージです。