(物語)プロバンスのパン屋さんで 8
この物語は、
友人の心ない言葉と、無責任な大人の行動で人間不信になり、
不登校になった夢見る中学3年生と、
憧れの定年退職後の楽しい時間のはずが、
1本の電話により、はかなく崩れ去った元小学校教師の、
偶然出会いから始まる、激動の半年を綴ったお話である。
「ここで頑張る」
竹下唯(たけしたゆい)は中学校3年生となり、担任が以前から勧めていた修学旅行には、
教育センターのカウンセラーの勧めもあり、何とか行くことができた。
久しぶりに友達と一緒に行動し、唯はそれなりに楽しいと思った。
でも、自分のことを良く思っていない人間がいることも感じていた。
そんな生徒たちの視線が怖かった。
当然、修学旅行から帰ってからも、そのまま登校とはいかなかった。
3年生の夏休み。
もう他の生徒たちは、高校受験の志望校を決めている。
唯も、高校には行きたいとは思っている。
でも、授業に出ていない、勉強もろくにしていない自分が行けるのだろうか。
もう、いつも自習だけの学校の「支援教室」には行く気にはならない。
「こうしてはいられない」
「よし、夏休みが終わったら、教室に行って勉強しよう」
唯は強い決意で、夏休みの宿題に取りかかった。
しかし、お盆が過ぎ、夏休みもあと一週間となったある日、
唯は、また自分の心の変化に気付いた。
宿題はもうやる気にならなかった。
担任の教師が、様子を見に家庭訪問に来ても、会う気にはならなかった。
そして、夏休みが終わった。
学校が始まる日の朝、唯は起きることができなかった。
時計を見るのが怖かった。
母親も様子を見に来たが、無理には起こさなかった。
唯は自分が情けなかった。
夏休みが終わりに三日たった。母親が、
「唯、もう一度、センターに行ってみようか」
と、唯に言ってきた。
唯もずっと、「ここままでは高校に行けない。何とかしなくちゃ」と思っていた。
教育センターには、
「いつもカウンセリングをしてくれているカウンセラーの岡田さんもいるし、
もう少し、きちんと勉強もしたいし・・・」
カウンセラーの岡田さんは、小さい子どものお母さんだが、やさしいお姉さんで、
家族以外では、唯が信頼できる唯一の人だ。
唯は、少し頑張ってみる気持ちになった。
次の週、唯は母親の車に乗って教育センターに行った。
ちょうどその日はカウンセリングの日で、唯は岡田さんに、
「ここの教育支援室に通うことにする」
と宣言した。岡田さんはとても喜んで、
「応援するからね」
と言って、手を握ってくれた。
唯はますます元気が出てきた。
カウンセリングが終わって、母親と一緒に「教育支援室」に行った。
「教育支援室」に入るのは久しぶりであった。
前担当だった女の先生と少し面談して、母親は帰って行った。
唯は、女の先生と一緒に教育支援室の「活動室」に行って、席に座った。
「活動室」には、他に3人生徒がいて、勉強したり、本を読んだりしていた。
唯は、以前この教室の雰囲気が嫌いだったことを思い出した。
でも、
「ここで、頑張らなくては」
と、前の思い出を振り切り、学校から渡されている夏休みの課題をカバンから出した。
しばらくすると、前の担当の女の先生とともに、男の先生が来て、
「おはようございます。深海と言います。これからよろしく」
と挨拶をした。
唯は、「今度は男の先生か」と思い、ちょっとがっかりしたが、
「おはようございます。竹下唯(たけしたゆい)です。よろしくお願いします」
と、一応にっこり笑って挨拶を返した。
・・・ここで、頑張る。
続きます
この作品は創作された物語です。
登場する人物、団体、名称等は、実在のものとは一切関係はありません。
また、物語の中の写真はすべてイメージです。