閑話休題 「人を殺すのにも理由があります」 | 婦人科備忘録

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ある婦人科医の独り言です

ネタ提供ウェルカムですが
最近ご質問内容が
すでに記事になっていることが多くなってきました。
お手数ですが、まずはブログ内をご検索ください。

悪魔の花嫁、という漫画をご存じであろうか。

私が小学生だったジュラ紀、

貪るように読んでいた不朽の名作

悪魔と一人の美少女のエピソードを軸に

それぞれ悪魔と関わる不幸で悲しい人たちの話

内容詳細は各自確認していただくとして

その中でどうしても忘れられない話がある。

 

舞台はサーカスの一座

美しい空中ブランコ乗りの男がいて

老座長の孫娘は彼に夢中だけれど

彼はとても悪い男

老座長は孫娘にはサーカスをさせず

町の学校に行かせて良い暮らしをさせたいと願っている

孫娘はどうしても男に振り向いてほしくて

将来を棒に振ってでも彼と一緒にいたいと言う

そこで老座長は孫娘のために

男を罠にはめて殺そうと思いつく・・・

 

という話。暗い。

 

老座長はブランコ乗りが掴むブランコの棒に

油を塗っておく。

練習中、油に手が滑って男は真っ逆さま

致命傷を負った男は悪魔に頼む

孫娘が自分を諦め町の学校に行くように仕向けることを。

その時にいろいろ男の過去が明かされるわけですが

彼が去り際、老座長に

「人を殺すのにも理由があると言ったな。

 その通りだ」

と言ったセリフを

私はことあるごとに思い出すんですよね。

 

先日、とある進行がんのアラフィフマダムが

大学病院から紹介されてきました。

治療拒否、緩和ケア希望で受診されてきたんですが

緩和ケアの担当のセンセから相談されて

ちょっとだけご本人と話をしたんですよね。

 

大学病院の担当医は私のちょっと下の後輩だったんで

進行がんとは言え、まだまだ治療が効きそうで

諦めるのはかなり早いのはなぜなのか知りたくて

彼に電話してみたんですけど

彼もどうしてだかわからない、話をしてくれないと言う。

同じ世代としてその決断には疑問があったので

もしかしたら病状を誤解していて、早期に絶望しているだけなのかしら。

と勝手に思い、会見に臨んだわけですが

 

彼女の理由は

「出産したばかりの娘と孫の面倒を見たい

 今、それをしたいのに

 入院したらそれもできない。

 この進行がんはどうせ助からない。

 ツライ治療をするより

 今、自由に行動できる時間が惜しい」

だったんです。

 

彼女の娘さんは泣いて治療をしてほしいと言っていたそうなので

もしかしたら単純に

治療や現実に向き合うことが怖いだけかもなあ

という印象も受けましたが

今までもそうだったようにこの時も

「人を殺すのにも理由があります」

がリフレインしておりました。

 

そう、治療をうけないのにも理由がある。

それが私にまったくちっともぜんぜん

理解できないことであっても。

 

他人には推し量れない様々な理由

「これがふつうやろ」が通じない部分を

ひとそれぞれ持っていて

それが揺るぎないものであればあるほど

辛くて悲しいものなんだなあ、と

改めて思ったのでありました。

 

ところで

 

件の彼女

「あなたは自分の人生を自分だけのものだと思っているけれど

 生かされているという点において

 やっぱり周囲と全部切り離されているわけではない。

 このままだと遺されてしまうだろう娘さんに

 一生忘れられない傷を負わせる可能性があり

 それは母としては本意ではないのでは?

 いろいろあったけど、立派だったよね、うちのお母さん

 それだけで娘さんは悔いなく生きていける。

 もう少し抗ってみませんか」

と説得して

ダメ元ではありますが、他のがん拠点病院に受診させることに

成功しました。どうなることやら。

 

正直、墜落するより軟着陸やで。

 

人の信念や思いを180度変えることは難しいですが

自分だけのためには生きられなくても

大事な誰かに人生を検証してもらうべく努力することは

もはや人類としての義務ではないか。

と、そう思います。

 

彼女がどう自分の人生を決めていくか

当分一緒に伴走してみます。えらいこっちゃ