婦人科便り223 がん告知 | 婦人科備忘録

婦人科備忘録

ある婦人科医の独り言です

ネタ提供ありがとうございます。

 

医療ドラマの影響なのかと思うが

面白いお尋ね来た。

 

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Q.

今や早期であろうと末期であろうと、

患者さんに対して即癌の告知するというのが

一般的なのでしょうか?
一昔前は、家族を別室に呼んで主治医が説明し、

家族を巻き込んで患者本人には

本当の病状を伝えないというのが

習わしだったような気がするのですが

 

A.

患者さん本人に病状伝えないのは

私的には卑怯千万

私が研修医の頃(ジュラ紀?)から

ご本人に真っ向勝負だYO!

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手塚治虫先生の

「ブラックジャック」

超・超・超・有名で、私も医者のハシクレとして

全巻そろえている。

初版じゃなくて文庫版ですけどねー

 

今の医療事情に照らし合わせると

時代錯誤な部分もあるし

こんな医者、絶対おらんやろ、とも思うのですが

それを差し引いてもなお

魅力的な作品であることには違いありません。

 

その数々のエピソードの中で

大好きなお母さんが宇宙人と入れ替わってしまった

と思い込む男の子の話があります。

あんなに慕わしく、いつも優しいお母さんが

冷たくて遠い別の物体になってしまった、と嘆く少年。

 

孤独で辛くて、誰にもそれを信じてもらえず苦悩します。

 

実は彼は重い病にかかっていて

皆が彼にショックを与えまいとして

病状を説明しないまま接したことによる疎外感が

大事な誰かが宇宙人になってしまった

と絶望する理由だったのでした。

 

詳しくはブラックジャックをお読みいただくとして

ここにはとても大切な情報が隠れています。

 

よかれと思って話さないことが

かえって患者さんご本人を

一人ぼっちにしてしまう

という点です。

 

言い換えると

ショックを与えまいとする善意が

患者さんご本人を仲間外れにしてしまう

ということでもある。

 

一緒に寄り添い

背中を預けて戦ってくれるはずの誰かが

信頼のおけないニセモノになっていくという恐怖

病状を伏せるということは常に

その危険性を孕むことを忘れてはいけない。

伏せると言えば聞こえはいいけれど

それは得てして「嘘」に繋がる。

 

こと、がんの治療は

いわゆる良性疾患の治療と違って

体調が悪くなる治療、です。

手術も転移しそうなところを根こそぎ取るし

創も大きくなりがち、手術時間も長くなって当然

さんざんに体力がとられたその先に抗がん剤を使えば

命が助かるはずの薬なのに思わぬ副作用が待っている。

髪の毛が抜けたり、吐き気が強かったり

お腹が痛くなったり、だるさがとれなかったり

良性疾患だよ、と嘘をついて治療をするには

過酷な症状ではないでしょうか。

 

なんで良性なのに

こんなつらい治療なの??

って思いませんかね?

ちっとも良くならないよ、とか

思いませんかね??

 

そして

誰もが私に嘘をついている!!と思うでしょうとも。

 

しかも病気で辛いのはなにも

病状が悪いこと「だけ」ではなくて

世の中や周囲の人たちから

自分だけが外れていき

やがて見捨てられてしまうのでは?

という怖さもあるのです。

 

ご家族がたまに

がん告知について

本人がショックにおもってはならないから、と

内緒にしてくれと頼んでくることがありますが

一人にしない

仲間はずれにしない

それが一番大事なんですよとお話しして

渋るご家族を説得し、できる限りご本人に

正確な病状をお伝えするようにしています。

あなたの大事なあのひとの

強い心を信じてあげて。

とも言います。

 

このブログのどっかにも書いたが(どこだか忘れた)

マダムたるもの

自分の今後を考える上で

自分で始末をつけたい古いラブレターやら

決して読まれてはならない死ね死ねノートなど

裏庭でひとり、

ひっそりと焚き火に焚べる時間もまた

必要でありましょう。

 

がんは何も全てがツライ病気とも限らない。

もちろん悲劇ではあるのですが

自分でケリをつけることができるくらいの

時間を最後に授けてくれる点については

心筋梗塞や脳梗塞なんかで

何もかも放り投げたまま

去らねばならぬ病気と比べると

まだ遥かにマシなのではないかと個人的には思います。

 

件の少年の話では

ブラックジャックが登場して

少年を叱りつけ

お前は重い病気だ、

一緒に戦うか?と問います。

少年は大好きなお母さんのために頑張ると誓う。

 

戦う勇気や挑戦、そして

何よりもケリをつけるための大切な時間を

ご本人から全部取りあげてしまわないためにも

がん告知は必要で

それはいつも

一緒にがんばろうぜ!という

私たち医療者の覚悟でもあるのです。

 

生きるということは何もその個体を生かすことだけではない。

きっとその周りにある

切っては切れない大事な何かを守るということに

本当は意味があるに違いない、と信じます。

それに

医者は魔法使いじゃないけれど

一緒にがんばろうぜ!くらいは言える。

 

もうちっとがんばろうぜ。

まだ試合、終わってないYO。