閑話休題 みじめに死なないために。 | 婦人科備忘録

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ある婦人科医の独り言です

ネタ提供ウェルカムですが
最近ご質問内容が
すでに記事になっていることが多くなってきました。
お手数ですが、まずはブログ内をご検索ください。

ネタ提供ありがとうございます。

 

ディープなご質問来た。

なかなかに哲学的。

真面目にお答えしたいと思います。

 

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Q.

みじめではない死に方、みじめではない人生の終わり方

とはどのようなものでしょうか?
そのような最期を迎えるために、

日々意識している事はありますか?

 

A.

Ihave never seen a wild thing thinks so sorry for itself.

A small bird will drop frozen dead from a bough

without ever having felt sorry for itself.

野生動物は決して己をみじめと思わない

たとえ小さな小鳥でも

凍え死に、枝から落ちてさえ

己を惨めと思わない     DH.ロレンス

(訳・はずかしながらこのわたくし)

*************

 

人間だけ、なんだそうだ

自分を哀れと思い、自分を悲しく思うのは。

 

いつだったか

同じ病院で勤務していた

外科医師が膵臓がんを発症した。

見つかったときにはかなり進んだ状態で

ぷくぷくしていた彼の体が

短期間で枯れ木のように細くなり

別人のようにやつれてしまった。

40代後半、長いこと独身で

老母と二人で暮らしていたらしい。

 

彼は亡くなる二週間前まで

緩和治療を受けながら通常勤務を続けていた。

 

老母が死ぬ前くらい好きなことをしたら

と泣いてとめるのも聞かず

「後輩の指導がまだ終わっていない。

 まだ伝えたいことがある。」

と言って勤務を続けた。

ほんとうに痛々しくて、見ていられなかったが

彼が

「手術すること、患者さんと関わること

 これが僕の好きなことなんだ」と言うので

皆、黙ってそのまま彼を止めなかった。

一見、元気そうだったうえ、

何より彼が楽しそうだったから。

 

亡くなる少し前に廊下で声をかけられた。

 

「ちょっと、もう、きついかな」と笑って

明日から来ない、と私に言った。

博学な彼は、それからこのロレンスの詩を教えてくれて

「時々は思い出してなー」と言ったんだった。

外科と一緒に手術に入るときは

たいてい、どちらかが何かやらかしたときだったから

「いやだよ、もう二度と思い出さないよ、いやだよ」

と返して

平気な顔をしていたつもりが、

思わず泣いてしまった私に

笑って「それでも思い出してよー」

と言い置いて、彼は去った。

 

訃報が間もなく届いて

葬式ではみんな

目ん玉が溶けてなくなるかっていうくらい泣いたけど

最期まで立派だったね、と

出てくるのはそれだけだった。 

ほんとに、それだけだった。

人間だから

きっと彼にも悪いところや

嫌なところがあったに違いない

でももう誰も彼の嫌なところは思い出せずに

立派だった彼だけが、のこった。

そして、誰もがすがすがしく、

やり切った感じがした。

 

うん。

 

これが私の

「みじめではない死に方」への回答です。

伝わるかしら。

 

ああまで潔く、wildな死に方もなかったと今でも思う。

自らをみじめに思わず、また周囲に思わせないために。

He Gets wild !!

彼は野生動物に倣ったんだ。

そして、私たちは彼のおかげで

必要以上に嘆いたり立ち止まったりせずに済んだ。

 

見事な、それは見事な幕の下ろし方でした。

 

さて、私は

彼のいない世界で、まだ

しばらく生きないといけません。

雨の降る日も風の吹く日も

もうしばらく続きますが

うららかなお天気の日もあるでしょう。

 

明日世界が終わるとも

今日、りんごの木を植える。

 

私がこのりんごの木の花が

咲くのを見ることが叶わなくても

りんごの木を植えさせてほしい。

もう少し、

「その日」が来るまでご一緒しましょう。

 

できれば、笑顔で。

皆みなさまも。

 

まるぽこうさぎ。拝