婦人科便り191 医学の発展とマダムの気持ちと | 婦人科備忘録

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ある婦人科医の独り言です

ネタ提供ウェルカムですが
最近ご質問内容が
すでに記事になっていることが多くなってきました。
お手数ですが、まずはブログ内をご検索ください。

いつもネタ提供ありがとうございます。

 

マダムから深刻なお尋ね来た。

こんなところで勝手に持論を展開してよいものか?

自問自答しながらお答えしています。

 

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Q.

1年数ヶ月前に手術をし、

術後から手術が原因だろうと思われる

痛みが続いています。

少し特殊な手術だったようで

近隣ではこの痛みに対応出来る病院がなく、

遠方の病院で再手術をする予定です。
元々手術をした病院からの申し出があり

私の再手術は今後の医療の発展のために

内容を共有させてくださいと言われました。
 

病院の希望にそわなければいけないですか?

 

A.

個人的には共有してほしい。

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以前、臓器移植を専門にしている友人から

脳死判定された男の子のご両親に、

臓器提供をお願いした時

枕元で号泣していたお母さんが

「わたしの息子がこうやって死んでいくのに

 他の人が助かることを、今、

 かんがえなくてはいけませんか?」

と絶叫した、という話を聞いて、

悲痛のあまり胸が張り裂けそうでした。

 

マダム、「わかる」という暴力が

この世には存在するので

あなたの気持ちを「わかる」

と言ってはいけないと思います。

自分がこんなに不幸で辛いのに

他人をも助けなくてはならないと言われる。

しかも、大事な大事な「あなたの」人生の時間の一部を

まるで切り取るかのようなその行為は

何重にもあなたを傷つけるでしょう。

 

でも、それでも敢えてお願いしています。

 

これから同じような手術をしたマダムの

同じような苦しみが続かぬようにするために。

 

今、あなたにはその力があるんですよ

 

1850年代、現代産婦人科の父と謳われた

マリオン・シムズという産婦人科医がいました。

当時、お産が原因で

膀胱腟瘻(ぼうこうちつろう)という

腟の裂傷が膀胱に及んでしまい、

そことつながって傷が治ったがゆえに

ずっとおしっこ垂れ流しになってしまう病気が

当時の社会問題になっていました。

 

シムズはその病気を治したくて

試行錯誤を重ねた結果、

膀胱腟瘻を治療する手術方法を開発。

その術式を改良したものが

世界中の膀胱腟瘻の女性を救っています。

先進国では主に婦人科疾患の術後の合併症で起こし、

お産でこの疾患が発生することは比較的まれですが

アフリカなど発展途上の国では、今もなお、

大勢の産後の女性が苦しんでいると聞きます。

 

15~16歳で子供を産んで

そのお産がもとで膀胱腟瘻になっちゃって

おしっこ垂れ流しだから夫からも親族からも見放されて

奴隷のような身の上に落とされる

若い女性が大勢いるのだ、と

膀胱腟瘻を治療されている、えらーい先生から伺いました。

そのえらーい先生は、無償でアフリカに行っては

治療を続けておられる方です。

 

シムズが開発したものは

私たち産婦人科医には

なくてはならない知識と技術です。

 

けれど、その功績の陰には

シムズの屋敷にいた30人くらいの黒人女性が

その術式を完成させるために

何度も何度も人体実験を受け、

時に麻酔なしで手術を受けさせられたという

歴史的な悲劇が存在しています。

2018年、黒人奴隷へのむごい人体実験を理由に

彼の銅像は撤去されました。

 

この事例以外にも、誰かの人生や犠牲を踏み台に

医学が発展してきた背景は枚挙にいとまがありません。

 

マダム、あなたのこれから受ける治療とその事実は

こういったむごい人体実験や

サディスティックな行為から

無辜の民を救う力があります。

適切な情報提供があれば、

そういったむごいことを平気で思いつく

不逞な輩の行為を排除できます。

もしかしたらマダムが受けた術式の

大幅な規制や改善の力になるかもしれない。

 

いや、きっとなるでしょう。

 

どうぞどうぞお願いします。

私も、マダムが受けた術式がまだまだ発展途上で

おいそれとどんどんしていいものとは思っておらず

田舎の小さな病院から一所懸命、

警鐘を鳴らしてはいます。

でも、大きな流行の波にはなかなか勝てない。

どんな小さなことでもよいので、なにかしら

時流を変える事例が欲しい。

 

マダム、冒頭にお伝えした男の子のお母さんには

話の続きがあります。

 

ひとしきり泣き叫んだお母さんは落ち着いた後

お父さんと話し合って

涙をのんで臓器提供を申し出たそうです。

息子が元気でいたら、

きっと自分を叱るだろうから、と。

 

マダムの貴重で崇高な

自己犠牲を無駄にしないと誓います。

無理なお願いと承知しています。

マダムの勇気をお待ちしています。

 

まるぽこうさぎ。拝