海外で子育てをしている今でこそ、英語の絵本は私にとって身近な物になっていますが、私自身の幼少期には、そもそも日本の本屋さんに外国語の絵本は置かれていなかったですし、英語の絵本なんて読んだことも触ったこともなかったと思います。


 今は、日本でも大手書店が取り扱っていたり、日本のAmazonでも揃っていたりするようですね。実際に外国語の絵本を手に取っている子供がどのくらいいるのか、またそうすることで子供達の何かが大きく変わるのかは私には分かりませんが、絵本一つとってみても、今の子供達が、幼少期の私が立っていた世界よりはるかにボーダーレスな世界の近くにいることが感じられます。


 私が初めて読んだ英語の絵本は、”The Cat in the Hat”です。十年程前アメリカで、当時の同僚がハロウィンにこの絵本に出てくる猫に扮したことがきっかけで手に取ったこの絵本。初めて読んだ時、「うわー、英語の絵本だな〜!」と思いました。英語の英語らしさがぎゅっと濃縮された一冊です。


”The Cat in the Hat” by Dr. Seuss


 母親不在の雨の日、家の中で退屈する子供達の前に現れた大きな帽子を被った猫。ペットの魚が止めるのも聞かず、おうちの中で大騒ぎ。結果お部屋はぐっちゃぐちゃ。子供達なら誰しもやってみたくなるような雨の日の過ごし方。それを大胆に嬉々としてやってのける猫のお話です。


 あらすじを書いてはみましたが、この絵本が特徴的なのは、ストーリーではなく、ひたすら続くライミング(rhyming;単語の韻を揃えること)、そして、リズム感です。正直、ネイティブではない私が読んでも、ライミングとリズミカルに進めることに忙しくて、ストーリーなんてちっとも頭に入りません。と、書いている私の横で、ネイティブの夫も「僕も同じ!」と言っています()。内容が頭に入らないにしても、聞いている側はただ耳を傾けるだけで楽しいですし、また読んでる側は読み切った後は達成感(疲労感?)すら湧いてきます。

 

 この絵本、英語圏ではみんなが知っている一冊です。長年、学校で用いられてきたから、というのが理由の一つでしょう。英語圏ではライミングやリズムを用いて単語やスペリングを学ぶのはとても一般的です。この絵本も、物語としてだけではなく、英語学習の一環としても重宝されていたのでしょう。この絵本を通じて楽しく語彙を学んだ子供達は、世代を越えてたくさんいるのではないかと思います。


 ただ、やっぱり読み手に流暢さがあればあるほど活きてくる本ではあるので、誰にでも手を出しやすい本ではないように思います。現に、うちの正直な息子達は、この絵本を私が読もうとしようものなら、「これはダダが読む本」と言って、ササーッと離れていきます。


 それでも今回このブログで取り上げた理由は、最近、この絵本の著者であるDr. Seussの初期作品6作が出版停止になったというニュースがあったからです。*

(出版停止になった6作品に”The Cat in the Hat”は含まれていません。現在も出版されています。)


 出版停止の理由は「有害で誤った人物描写が含まれる」から。今回出版停止になった6作品に、人種的に偏った描写や誤認に基づいた文化描写が出てくるという指摘は以前からありました。Dr. Seuss本人も生前、自身の初期作品には無知で無配慮な描写があると、公に認めています。それが今になって出版停止決定となった背景には、BLMをはじめとする人種差別の問題への関心が高まっているという背景も少なからず影響しているのだと思います。


 この出版停止の判断は、検閲ではなく、出版社側によって自主的に下されたもの。しかも、出版停止を伝える声明が発表されたのは、奇しくも32日。この日は、Dr.Seussの誕生日であり、かつアメリカでは「読書の日」でもあります。アメリカ全土の児童教育機関で、子供の読書を推進するイベントや活動が行われる日です。意図的にこの日を選んで出版中止を発表したのだと思いますが、そうだとしたら出版社の強い決意表明のように受け取れます。


  ポリティカル・コレクトネス (政治的妥当性)と絵本の絶版。私には難し過ぎるテーマですが、子供と一緒に絵本を読むようになってから、何度も頭をかすめたテーマではありました。


 母として、子供達に多様であることの価値を理解して欲しいと願っています。そのために、子供の目に触れるものを配慮することもあります。今回出版停止となった6冊、私が我が子に見せることは絶対にありません。


 でも一方で、今後この種の配慮が行き過ぎること、そして多くの物語が失われることを危惧する自分もいます。この線引きは、とても難しい。


 Dr. Seussの初期作品6作出版停止のニュースを巡って、様々な反応が報道されてました。強く賛同する声も、強い言葉で決定を非難する声も。でも、幸運なことに、賛成/反対の枠を超えた建設的な議論も多く、私にとっては少し立ち止まって考えるいい機会になりました。例えば、ポリティカル・コレクトネスの理由で絶版になった絵本は公立図書館に残すべきか否か、差別や偏見を含む絵本をクラスルームでどう扱うか、問題を含む絵本が少数派/多数派の子供達にもたらす影響や、絵本の史的価値について。こうした議論が、出版関係者、教師、図書館司書、児童心理学、そして親など様々な立場から活発な議論が交わされていました。


 結果として、この問題の解決策や明確なルールが出来た訳ではないけれど、今後ポリティカルコレクトネスと絵本の問題が議論される上で、重要な論点が一通り出揃った感じがして、それ自体、とても有意義だと感じました。


 日本もますますボーダーレスな社会へと進んでいくなかで、同じような議論が活発になっていくのかな、と思いました。もしかして私が知らないだけで、もうすでに広がりつつあるのかも知れないですね。今回のニュースが、日本でどう報道され、どう受け取られたのかとても興味が湧きました。


 長いブログになりました💦最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。


 


*日本語でもニュースになっていたのを見つけました。

https://www.bbc.com/japanese/56261820