毎日通る犬の散歩道の風景が

少し変わっていました。

 

川があって、畑や田んぼもある場所です。

 

農地は私有地ですが

川沿いは誰が手入れするのかなぁなど

数日前に考えながら歩いたところでした。

 

青々とした香りで

草が刈ってあることに気が付きました。

同時に何か不思議な感じがしたので

理由を探してみると

 

今の季節のお花、彼岸花。

 

 

秋分の日の朝、彼岸花だけを残して

全ての雑草が刈り取られていたのです。

 

優しさにびっくりしました。感動です。

 

 

私の母もよく雑草を抜くときに、

「小さな花が咲いていると

抜くことができないのよねー」と言います。

 

ふーーーんと聞くだけでしたが

ああ、そういう人が他にもいるんだなと

その風景で初めて思い出しました。

聞き流していてもちゃんと心は聞いているのですね。(笑

 

 


作物が実ったり、花が咲くのは

自らが種を撒くからでもあります。

 

だけどそれだけではなくて

風に乗って飛んできて、根付くこともあるし

 

風土という備わった・与えられた環境と

日照や雨などの天候・天災など

 

自分では操作できない要因って

すごく大きいと思います。

 

 

それぞれの環境で

どのように咲き・実るのか。

 

土や天気は選べませんが

花や作物はそれぞれに咲き、実ります。

 

 

その姿に人が心を打たれたり

自然に触れることで気持ちがリフレッシュするのは

 

生き物の多くが

自分の命が芽生えた場所に

不平や不満を感じていないであろうこと。

 

 

その場所で周囲を一切気にすることなく

自分に注がれるものを精一杯享受して

命を全うしていること。

 

 

そういう生き物本来の営み。

人間の生き物としての原始的な姿を

脳のどこかで感じるせいかもしれませんね。

 

 

文明を経て、文化を発展させるのが

人間の楽しみであったり

生きる喜びでもあると思います。

 

競うことで発展や共存があり

多くの人の努力や想いによって

現代を生きられることには

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

渦中にいるときは

気が付くことさえもないですが

 

 

自分と自分以外を比べることや

不足・欠乏しているものを探して

自責の念に駆られたり

自分の価値を見出せずに生きることは

とっても悲しく、苦しいことです。

 

自然な状態とは、離れてますものね。

 

 

 

土の中でエネルギーを蓄えて

やっと花を咲かせたその姿を

 

 

愛おしく感じて全うさせてくれる人がいる。

 

 

そういうものに、私はなりたい(宮沢賢治風

 

 

では、また^^