走水神社参拝の後、徒歩で御所ヶ崎へ。



歩道橋の向こう側、右前方の森が、御所ヶ崎。



御所ヶ崎は、
走水神社の記事にも書いたとおり、
ヤマトタケル一行が走水から海を渡り、房総半島を目指そうとした時、海が荒れて船を進める事が出来なくなってしまい、
ヤマトタケルの妻・オトタチバナヒメが海神の怒りを鎮めようと身を投げた後、
オトタチバナヒメの衣が流れ着いたと言われる場所。



その御所ヶ崎にオトタチバナヒメを祀る社が有ったのだが、
明治18年(1885年)に陸軍用地となった為に、
オトタチバナヒメはヤマトタケルを祀る走水神社に合祀された。





陸軍はここに砲台を建設。

当時の日本が、もし、戦争となった場合、
敵艦隊が首都・東京を直接砲撃する目的で東京湾に侵入した時、
湾の一番狭い所で殲滅しようという事で。






所謂、東京湾要塞を構成する砲台の一部で、
通称、走水低砲台。






因みに、御所ヶ崎の向かい側、この丘の建物の位置が、
走水“高”砲台が在った場所だと思われる。




中に入ってみよう。




僅かに見えてきたっ!




この急な階段が既に、旧軍設備の様相!