東海道。

移築された“蕗の門(ふきのもん)”から西へ進むと…

『十九首塚』?


かつて関東一円を席巻し、“新皇”と呼ばれたが、
最後は朝敵とされ討たれた
『平将門』とその家臣、合計19名の首実検がされ、葬られた所だという伝説があるらしい。

京から派遣された検視の勅使と藤原秀郷が
この地で会ったそうだ。

で、この川で首が洗われたとか。
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奥へ進むと…

見えた!
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“十九首塚”と書いて、『じゅうくしょづか』と
読む。


19人の首塚…


平将門を討った藤原秀郷(ひでさと)は、
“敵ながら天晴れ”と、一人一人を丁寧に埋葬したという。


地名も“十九首町”だそうで。


と、平将門の伝説として語られているのだが…



実は、
この地は戦国時代、当時は今川配下だった井伊直親が謀叛の疑いをかけられ、討たれた場所だそうで。

大河ドラマ・『女城主 直虎』でもそんなシーンが描かれていたが、その現場がこの十九首町らしい。


もしかしたら、十九首塚は、
実は申し開きの為に駿府に向かう途中で待ち伏せされ討たれた
井伊直親一行の墓なのかも…。