箱根旧街道・大澤坂を上りきると、
また舗装道路に出た所に道祖神。



道祖神の向かいには、
旧茶屋本陣・茗荷屋跡。

明治天皇も御休息されたとか。



ここは、“畑宿(はたじゅく)”。
間の宿(あいのしゅく)として、休憩用の茶屋が並んでいたそうだ。



畑宿は火災によって全村焼失の憂き目に会ったらしい。



畑宿を中心に、箱根では所謂“寄せ木細工”が地場産業として、その伝統が受け継がれている。


暫く進むと、蕎麦屋が。
店の前には、腹を空かせた人神人(ヒトシンド)君。
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ここで我々は少し早めの昼食を摂り、
すぐ先の畑宿一里塚へ。



この一里塚は、日本橋から二十三里(約92Km)。
左右一対の一里塚が遺されている。
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こちら右側。
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こちらが左側。
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一里塚の間を抜け、また石畳の上り坂へ。
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さらにキツくなる上り坂に、
我々は苦しむ事となる…。